節操無し書架

□黄昏時、陽の射し込む部屋。
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「京介、好き」
「…どうした?怖い夢を見たのかい?」
「…そう、かも知れない。京介が、他の人に、僕の知らない笑顔を向ける夢」
その言葉に京介の肩が僅かに強張った。
「…それが、そんなに怖い夢なのか?」
僕は言葉で答える代わりに、京介の背中を抱く手に力を籠めた。
京介の肩口に顔を埋めると、何だか佳い匂いがした。素肌の首筋に唇を寄せると、京介は驚いて身体を起こそうとした。しっかり抱き締めて放さず、そのまま首筋に歯を立て、きつく吸った。
「…!…蒼、やめろ…っ」
少し上擦った声でそんなことを言われて、僕は酷く興奮を煽られた。
見ると、歯形と共に鬱血の後が鮮やかに残っていた。少し痛そうに見えて、僕はその部分に柔らかく舌を這わせた。
「…ぁッ」
微かな、本当に微かなその声が、僕の衝動に火をつけた。
がばっと体勢を反転させ、畳に京介の背を押し付けて覆い被さり、何か訴えようと開いた唇を自分の唇で塞いだ。柔らかく濡れている口内を少し乱暴なくらい強引に探った。
「んぅ…ッんん、ふ」
抗議らしき声を発する京介を押さえ付けたまま、整った歯列を舌でなぞると、僕の身体を押し返そうとしてきた。その手首を掴んで、畳に押し付ける。
俯瞰する姿勢で京介を見つめる。
「…蒼、一体どうしたっていうんだ」
瞳の奥に動揺を隠して、京介が問い掛ける。その掠れた声が、僕の中の炎を煽る。
腕を押さえ付けていた手を離し、その美しい顔に触れた。
顔にかかる髪をそっと払って、陶器の人形のような頬を両の手で包む。
京介は何も言わず、解放された手で僕を押し退けることもしないで、真っ直ぐに僕を見ている。その鳶色の瞳の、何と美しいことか。今僕の身体は彼を捕らえ組強いているけれど、魂が囚われているのは僕の方なのだと改めて知る。
彼は、僕の全てだ。
僕が、彼の全てで在りたいなんて、身の程知らずな願いだと分かっている。
けれど。
「蒼、何故泣いているんだ?」
鼻の奥がきゅんと痛んて、視界が滲んできた。鮮明に見えていた美貌がぼやけてしまう。
そうか、僕は泣いているのか。
「蒼」
柔らかい声。どうしてそんなに優しく呼んでくれるのだろう。僕は彼にこんなに乱暴な行いをしたのに。
「蒼、僕がお前を泣かせているのか?僕のせいで、苦しい思いをしているのか?」
ほんの僅かに哀しげな色の混じった声で問われ、僕は答えに窮する。
そんな哀しい目をさせたくはないんだ。
先生に向けた楽しそうな目が羨ましかっただけなのに。
…僕は、馬鹿だ。
「…違う、ごめん、ごめんなさい…京介、ごめん」
嗚咽を堪えて、不器用に謝った。
京介の指が、僕の涙を拭った。
「蒼。お前の涙は、美しいね」
その冷たく細い指で僕の頬に触れ、京介はそう言って微笑んだ。
世界中の教会を探してもきっと見付からないくらいの、深い慈愛に満ちた表情に、僕は涙も忘れて見惚れた。
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