京極・巷説の部屋

□サバイバル。
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甲兵衛は最初から、百介に興味を抱いていたようだ。
悪党達の無惨な最期を見せ付けられて酷く苦しんでいる百介の反応が新鮮で、度々百介の目前で島民をいたぶり、反応を楽しんだ。そしてある夜、百介を床に招いた。

「異常な空間でした。甲兵衛の周りには常に人がいて…。その時も、吟蔵さんなど、世話衆の人が五人いました。その中で、甲兵衛は…私を」
百介は言葉を濁して俯いた。

『見ろ、吟蔵。抜けるように白い肌というのはこういうものか』
『嫌だ…離して下さい!』
『嫌ですか。実に面白い。山岡様、何が嫌なのじゃ?着物を剥ぎ取られて肌を触られるのが嫌か?こんな風に』
甲兵衛の節くれだった指が百介の首を、肩を、胸を滑る。
『ぃやああ!…っ、嫌、です止め…』
『お前達、着物を全部剥ぎ取れ。…山岡様、暴れると怪我をしますぞ』
『どうして…!?私は、漂着物ではないのに』
帯に手をかけた吟蔵にすがるように尋ねると、平常と変わらぬ顔のまま、温度の無い声で答が返された。
『甲兵衛様の望みの前にあっては、貴方様がお客様であることも大きな問題ではありません。それより』
『っうあ!』
強引に着物が引き剥がされ、繊維の千切れる音がした。
『甲兵衛様のおっしゃる通り、暴れるとお怪我をなさいます。大人しくしておられた方が、賢明です』
『その通りじゃ。さあ山岡様、着物を脱いでこちらに。』
百介は絶望の溜め息をついて、抵抗の力を抜いた。身を隠す布を、それでもまだ躊躇いながら取り去る。甲兵衛のぎらついた視線が悪寒を掻き立てる。
がさがさの指に肌を犯されながら、無理に意識を思い出に飛ばす。愛しい人の声を、肌を思い起こして現実から逃げる。しかし、
『嗚呼、柔らかい肌じゃ…おなごのようですな』
ベタついた声が意識に侵入し、逃避さえ許さない。分厚い唇に口を吸われ、強引に抉じ開けられて、ねっとりした接吻を強要される。『んんぅ…っぅ』
生臭い。
吐き気がする。
涙の滲む目をうっすら開けると、甲兵衛が恍惚の表情で百介に見入っていた。
再び、固く目を閉じた。
『面白い…。このように嫌がったり、泣いたりされたのは初めてじゃ』
島の娘を全て手込めにしても、彼女達は皆無抵抗で無反応で、人形を抱くのと何ら変わりなかったのであろう。百介が嫌悪や怯えを見せれば見せる程、甲兵衛の愉しみを増幅させるだけだった。
甲兵衛は幾度も百介を犯し、更には世話衆の男達に犯させて見物した。
その夜から、狂った宴は毎夜のように続いた。
又市が島にやって来た、満月の夜迄。


少し震えて俯く百介の髪を撫でて、又市は
「つらいお話をさせていまいやしたね…すみません」
と言った。百介は顔を上げて、又市を見る。
「いえ。聞いて欲しかったのは私の方かもしれません。…又市さん、こんな話を聞いても、まだ私に優しくして下さるんですか?私は…」
聞き取れない程に小さな声で、汚れてしまいました、と呟いた。
「先生…」
又市がとても悲しい顔をしたのを見て、やはり話すべきではなかったかと後悔し、百介はその身を離そうとする。しかし強く抱き締められ、再び温かい腕の中に包まれた。
「…又市さん」
「先生、奴は…口から先に生まれた小股潜りなんて言われちゃいるが…こんな時に何て言ったらいいのかすら見当もつかねえ。情けねえや」
だから、これで酌み取ってくだせえ、と言うが早いか、百介の口を自らの唇で塞ぎ、想いの全てを注ぎ込むように優しい口付けをした。
「…悪い夢を見たんでさァ、忘れなせえ。奴が、枕元におりやすから」
心地よい眠りを誘う声。
「ありがとうございます…又市さん」
少しだけ、涙声。

眠りについた百介の髪をすきながら、又市は自責する。約束等出来もしない身で、表世界のこの人に、こんなに深く入れ込んでしまった。言葉は誠だ。想いも真だ。けれど、現実の前では、誠実も真実も無力だ。後悔しているといえばしているけれど、安らかな寝顔を見詰める時間の温かさを手離す決意は出来そうにない。
もう少し。
あと少しだけ。
この人と共にいたい。
いつの間にか、又市も眠りに落ちていた。

百介は少し起き上がり、又市の寝顔を見つめた。頬にそっと触れてみる。無防備だ。
愛しい。
唐突に、そう思った。胸を鈍い痛みが刺す。こんな自分に心を許し、抱き締めてくれる又市。
一つだけ、嘘を吐いた。
船の上。
満月。
見上げたのは、百介一人。
幾度も百介を犯して疲れて眠った三左を、静かに海に押し落とした後。
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