節操無し書架

□黄昏時、陽の射し込む部屋。
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夏の終わりの、清浄な空気の心地よく流れる午後だった。
居間で手擦れした文庫本を脇に置いて眠っている京介と、その寝顔を眺めている内に釣られて眠ってしまった様子の蒼。
神代は襖を開けてその光景を目にして、やれやれという苦笑いで二人を眺めた。
窓からの陽光が京介の顔を直に照らしている。肌が弱いくせに無頓着な京介は、このように無防備に紫外線を浴びて日焼けで皮膚を赤く腫らしてしまったことが何度かある。
進歩のないやつだ、と肩をすくめて、神代は京介の傍らに膝を付いた。



「おい、また火傷するぞ…」
その声で、僕はぼんやりと目を覚ました。
…先生が京介を起こしてる…京介、起きなきゃ…そんな淡い思考に浮かんでいた時。
「ん…ソウ…?」
…え?今、何て…?
「……寝ぼけてんな、京介」
隣で、覚醒した京介が慌てて起き上がった気配がした。自分の言葉に驚いた様に。
一方、僕は起きるタイミングを逃してしまっていた。意識は明瞭に事態を認識し、解釈に戸惑っているのに、寝た振りをし続ける他無い状況だ。
「昔の夢でも見たか」
「…いえ」
二人の会話に嫌でも神経を研ぎ澄ましてしまう。…どういうこと?
『ソウ』って神代先生のことだよね?京介が先生を下の名前で呼び捨てって、どういうこと?昔の夢?この二人、そもそもどういう関係?
僕は改めて、自分が彼等のことを何も知らない事実を突き付けられて愕然とした。
京介は、黙っているけど、不機嫌な気配は無い。どちらかというと…照れているような。
「久しぶりに、お前さんに名前で呼ばれたなあ」
先生の声が心持ち若やいでいる。
「…すみません、寝ぼけていたんです」
そう応える京介の声はぶっきらぼうだけど…、やっぱり照れているんだ、と僕は思った。
…京介、可愛い。
そして僕は少しだけ、先生に嫉妬した。先生はきっと京介の可愛いところを沢山見てるんだ。ズルい。
「懐かしいな。もう、15年…もう少し経ったか」
「昔のことです。…貴方は、変わりませんね」
「お前はでかくなったな。まさか俺よりでっかくなるとは思ってなかったぞ」
そう言って、先生は笑う。
…やっぱり、先生は子供時代の京介を知ってるんだ。子供の京介かあ…。可愛いんだろうなあ…。きっと天使みたいな美少年だったんだ。見てみてかったなあ…。
「お陰さまで。貴方を見下ろす為に大きくなったんですよ」
「…昔から、可愛くないガキだったよ、お前は」
小さく笑い合う二人の秘密の空気。
とてもじゃないけど、入り込めそうにない。


先生が部屋を出ていくと、京介は読み掛けだった本を読み始めた。隣で寝転んだまま見上げると、京介の日本人離れした色素の薄い髪が夕陽の輝きを浴びてキラキラしている。その長い前髪の下の、人間離れした美貌は見馴れている筈なのにドキッとしてしまう。
その薄紅色の唇が、微かに、本当に微かで僕くらい京介をよく見ている人間でないと判別出来ない変化だったけれど、優しい笑みを含んで緩んだ。
思い出し笑いのように。
「京介」
僕は何だか胸がきゅうっとなって、思わず狸寝入りを忘れて彼を呼んでいた。
「蒼、目が覚めたのか」
そう応えた京介の顔は、やっぱりいつもより柔らかい。
何も言わないで京介を見つめている僕に、怪訝そうに向き直り
「蒼?」
と顔を覗き込んで来た。
僕は思わず、その首に腕を掛けて抱き着いた。京介の頼りない程細い身体は簡単にバランスを崩して、僕の上に覆い被さる形になった。
「蒼?」
さっきと同じような調子で問う声だが、微かに動揺が滲んでいる。
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