節操無し書架

□コンビニ。
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日曜夕方五時からのラジオドラマを聞いてる人にしか分からない超マイナーネタです(^-^;)


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

「あれ?居ない…」
いつものコンビニ。必ず待ち伏せしている男の姿が見えなくて、安部は店内を見回した。
「今日は来てないのかな、刈谷…」
「あべきゅ〜ん!」
「うわっ!」
後ろから突然抱き着かれて、安部は悲鳴を上げた。
「何だよ刈谷〜、びっくりしたじゃないか」
腕をほどいて向き直るが
「ごめん〜でもね、聞いてよ安部きゅ〜ん!」
また抱き着かれて、今度は向き合って抱き締められる形になってしまった。しかも、肩に乗った刈谷の顔はグスグスと泣いている。
「ええ?ちょっと、お前泣くなよ、こんな所で…」
コンビニ店員と客の視線が集中している。
「聞いてやるから、出ようぜ。な?刈谷」
「う゛ん…」
大きな子どもをあやすように頭を「よしよし」と撫でて、体を離した。


近くの公園。住宅地の中の隙間にベンチと遊具を置いただけの簡素なものだが、昼間は子供と若い母親で結構賑わっている。
誰もいない公園に立つ時計台は、八時半を示していた。
「で、どうしたんだ?」
「やさしいなあ、安部きゅんは…安月給の仕事に疲れて帰る途中なのに、僕に付き合って寄り道してくれて、膝枕で話を聞いてくれるなんて…」
「膝枕はしてないだろ!あと安月給は余計だ」
合ってるけど、と小さく付け加え、近くのベンチに腰を降ろす。刈谷もその隣に座った。
「泉がね」
ああ、やっぱり、と安部は思う。愛妻家で恐妻家の刈谷の、美しい妻の名前。
「もう、安部くんに会うなって言うんだ」
「……………は?」
呆気に取られて刈谷を見ると、刈谷は見えない星を探す様に宙に目を向けたまま、ポツポツと話した。
「泉がのんちゃんと二人で沖縄に行くって言うからさ、僕も一緒に行きたいって言ったら、『あなたは安部さんと行ったでしょう』って」
「あれは一緒に行った訳じゃないだろ」
「そうだよ、だから言ったんだよ。『違う!あれは安部くんが仕事で沖縄出張に行くと聞いてストーキングしただけだよ』って」
「尚悪いわ」
「泉にもそう言われた…」
「結局さ、泉さんは寂しいんじゃないかな。お前が俺にばかりかまって家庭を大事にしてないって感じてるんだろ。もう会うなってのは大袈裟だけど、俺のところに来る時間を泉さんやのんちゃんの為に使うようにしたらいいんじゃないのか?」
「そう…なんだけど…」
「何だよ、歯切れ悪いな。らしくないぞ」
「…泉はさ、二度と会うなって言うんだ。安部くんと二度と会わないって約束するか、離婚するか選べって」
「ええ!?それはまた…極端だな」
二人は黙って俯いた。
安部は白熱灯に照された乾いた地面をただ見詰めて、ぼそぼそと喋りはじめた。
「しばらく…いつまでになるか分からないけどさ、表立っては会わないようにした方がいいかもな」
「…『表立っては』?」
行間を敏感に読み取って、刈谷は安部の横顔に目を向けた。
「…うん」
「…密会かあ」
「お前が、泉さんに悪いと思うなら、本当に会わなくても…っ」
手首を強く握られ、安部は驚いて刈谷を見た。真剣な表情に息を呑む。
「安部くんは、隠れて人目を気にしてまで、僕と会いたいと思ってくれるの?」
その問い掛けに即答出来る程、安部は自由ではなく、けれども目を逸らして立ち上がるにはその目に囚われてしまっていた。
「…刈谷」
言葉を探してさまよっていると、掴んだ手首を引っぱられて抱き寄せられた。
整髪料の匂いを微かに感じて、何故か胸が苦しくなる。目を閉じて、肩に顔を埋めた。宙をさまよっていた手が、刈谷のシャツを掴んだ。
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