節操無し書架

□揚羽蝶
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品性というのは食事の作法に最も顕著に現れる。マーカーは本当に食べ方が美しい。自分の作ったどうと言うこともない夕食が、えらく高級な料理であるかのように見える。手も、口も、伏せ勝ちの目も、微かに揺れる髪も、何もかもに品があり、艶がある。
きっと、この不躾な視線に、彼は気付いている。気付いていることを知りながらまだ見つめていることも、分かっているだろう。
「お師匠はん」
手が止まる。呼び掛けた声の硬さに、空気が強張る。
「…どうした?」
やっと、目を合わせた。何かを怖れているような目。まさか。この師匠が怖れなど。似合わない。目上には慇懃無礼に、目下には傍若無人に振る舞うのが常だ。それが許される強さがある。彼が何かを怖れるとしたら、それは何なのだろう。
「…美味しゅうおすか?今日のは自信作なんどす」
「ああ、美味い。…腕を上げたな」
珍しい。褒めるなんて。
アラシヤマは目を細める。
いつからだろう、師の肌が眩しく見え始めたのは。頬が、首筋が、手首が、唇が、自分を誘っているように見え始めたのは。
その視線から逃れようとする師の不自然な態度に、サディスティックな愉悦を覚え始めたのは。
…言ってしまおうか。彼の怖れている言葉を。どうなるのだろう。何が壊れるのだろう。何か、生まれるのだろうか。

その夜、師の寝室の戸を叩いた。

憧れ続けた肌に触れ、惑う瞳に微笑んだ。
嗚呼、愛しい。
抗ったなら、自分など炭にしてしまえるはずだ。けれど彼は受け入れた。ひとつになった瞬間、苦しそうに眉を寄せて声を漏らした。その顔をきっと永遠に忘れない。

嗚呼、愛しい。
幸せだ。

なのに、どうして貴方はそんなに辛そうな顔で、悲しい目で、この愛を受け入れるの?

end.

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