節操無し書架

□煙草嫌い
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柔らかそうな髪だな、と思って、つい後ろから抱き締めた。
肩に顔を埋めると、花よりも色気のある香りが俺の鼻をくすぐった。
「…珍しいな」
湯川がパソコンのキーボードを叩く手を止めて呟いた。
「何がだ?」
「煙草の匂いがしな…っ…おい、草薙」
項に軽く歯を立て、舌先でなぞる。助教授は少し俯いて刺激に堪えている。いつも飄々としている彼のそんな姿が酷く愛しくて、苛めたくなってしまう。首筋を啄む様に無数のキスを落とし、その度に微かに震える髪を撫でた。
「…っ…草薙、よせ」
「嫌か?」
「…ここでは」
そう答えた彼の顔が耳まで赤い。愛しさが衝動のように込み上げて、不意にきつく抱き締めた。
「じゃあ早くその仕事片付けろよ。じゃないと」
ここは彼の研究室。彼のやりかけの仕事が終われば飲みに行こうと言う話になっている。赤い耳に口を寄せて、
「止まらなくなる」
熱い呼気が彼の耳を掠めると、堪えきれずに艶のある声が零れた。
本当に止まらなくなってしまいそうだ。
俺は名残惜しみながら体を離した。
彼は肩越しに無言で俺を睨んだ。
「早く終わらせてくれよ。待ちきれない」
俺が言うと、何も言い返さずにパソコンに向かった。
白衣の後ろ姿にすら、目眩がする程の色気が漂っている。血の気の多い学生の中にこんなのがいて、問題は起きないのかと案じてしまう。
やがて彼はパソコンの電源を落とし、白衣を脱いだ。不機嫌そうな表情をしている。それは、照れてどんな顔をすればいいか分からない時に、彼がいつも作る表情だ。
再び込み上げる愛しさに任せて、抱き寄せて薄い唇に口付けた。深く味わうと今度こそ止まらなくなりそうだ。自制心を総動員して、少し乾いた唇に重ね合わせるだけの、優しいキスで堪えた。
「…やっぱり煙草の匂いがしない」
「煙草を吸うと、誰かさんがいつも文句を言うからな」
殆ど身長の変わらない、俺より細い身体を抱き締めたまま、耳元で
「今日はお前を抱けるかも知れないと思って、我慢したんだ」
と囁くと、眉間の皺を深くして身体を離し、「下らないことを言ってないで、行くぞ」
と冷たく言う。俺は少し笑って彼に続く。
連れ立って歩く俺達の向うのは、二人が抱き合える場所。

end.

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