京極・巷説の部屋

□サバイバル。
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戎島で再会した時に、それまでの経緯はざっと話したが、賊に囚われた件は話していなかった。島を離れ、やっと落ち着いて一息ついた宿で、百介は又市に問われるまま語った。
「…で、先生は賊に害を加えられることもなく、島でも大事なお客さんとして丁重に扱われて、恐ろしい目には遇いこそすれ体は無傷で済んだってえ訳ですかい」
「ええ、全く、不運と見るか幸運と謂うべきか…」
又市さんが来なかったらあの時海に身げて死んでいた筈ですが、と心の中で付け加える。「無事は何より。しかし…得心がいきやせんなあ」
見透かす目に、身がすくむ。
「何が、ですか?」
「犯す殺すの畜生仕事で知られた野郎共だ。奴らに捕まって、怪我一つ負わされ無かった人間なんざ聞いたことがねえ。…ナァ先生」
不意に手首を掴んで引き寄せられ、百介は又市の胸に倒れ込んだ。突然のことに、顔が一瞬で赤らむのを自覚し、百介は慌てて身を離した。しかし又市はそれを許さず、強引に抱き寄せて噛みつくように唇を奪った。
「んぅ!…っ、ん…っはあっ、又市さん、苦し…」
唇を解放して、今度は耳に口を寄せる。甘く噛むと、腕の中の細い身体がビクッと震えて、又市の肩に掛かっていた手に力がこもる。「…はあッ…」
「ナア、先生」
もう一度、呼び掛ける。見上げて来た目と視線を絡ませ、言った。
「どんな手管を使ったんで?」
百介の目が凍り着いた。

しばらく、互いに無言でただ体温を共有していた。百介は、悩んでいた。語るべきか隠し通すべきか、この忌まわしく残酷な事実を。
又市の顔を盗み見ると、いつになく余裕の無い目で見つめ返された。百介は、深い呼吸を一つして、語り始めた。

盗賊達に捕まり後ろ手に縛られて歩かされながら、百介は死を予想した。覚悟したとは謂えない。ただ単純に、人質としての役割が終わり次第殺されるであろうと予想したのだ。
怖かった。死にたくないと思った。だから、岩山沿いの路で躓いて膝をついた百介を三左が振り返って見下ろした瞬間、思わず口にしたのだ。
『殺さないでください』
懇願を。

「三左は暫く私を見下ろし…、やがて、わらったのです」

それから先は、思い出したくない。岩陰で、砂浜で、船上で。何度となく百介は犯された。盗賊達は餓えた獣そのものだった。百介の白い肌に喉を鳴らし、猥雑な言葉で辱しめてはその身体を貪った。三人の下卑た笑い声が、生々しい粘液の音が、自らの悲鳴と喘ぎ声が、鼓膜に染み着いて今なお百介を苛む。
『嫌ァ!止め…っああ!』
『嫌か?死ぬのとどっちが嫌なんだ?』
『…っう…』
『死にたくねえんだろ。…ホラ、口開けろよ…そうだ、なかなか巧いじゃねえか…歯立てたら殺すからな』
『…っ…んんぅ…ッハァっ…ああ!』
『コッチもいい具合だ…素直にしてりゃあ可愛いがってやるよ。俺達だって鬼じゃねえんだ』
獣達が、笑っていた。
浅黒く日焼けした堅く毛深い身体と、それらに組み敷かれて震える生白く細い自らの身体。別の生物かと思う程に違うそのコントラストが、網膜に貼り付いていた。


「乱暴にされたのは、最初のうちだけでした。次第に彼等は、優しくなって…狂っていった」

狂気が顕在化したのは船上だった。三左が、弟分二人に宣言したのだ。コイツは俺の物にする、今後は勝手に触るな、と。仁吉と与太は憤った。三人は争いになり、掴み合いの喧嘩の末、三左は弟分二人を海に投げ落とした。そして初めて、百介の肉体を独占した。何度も名を呼び、全身余すところが無い程口付けをして、狂ったように腰を使った。母親にしがみつく幼児のように、百介を抱き締めていた。

「それから、波に飲まれて転覆して、三左ともはぐれたって訳ですかい」
「…はい」
肯定迄の一瞬の間に、又市は微かな違和感を覚えたが、衝撃的な告白の中に於いてそれは些末なことだった。
「…そして、戎島に辿りついたのです。そこからは、又市さんもご存知の通りで…」
「先生、今更隠し事は無しだ」
百介は又市の顔を見た。
…かなわない。
「言わなくては、いけませんか」
「……教えてください。先生が辛い思いをしたこと、奴(やつがれ)も知っておきたいんでさァ」
小股潜りの名に似つかわしくない真摯な目。百介は再び語り始めた。
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