京極・巷説の部屋

□高嶺の花
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師匠、と、いつものように呼び掛ける。
僕は弟子を取った覚えはないよ、と、いつものように本から目を離さずに答える。
少し寒くなって来た10月。この家に来るといつも誰かが訪ねて来ているのに、今日は家主が一人で迎えてくれた。やたら渋いお茶が出てきた所を見ると、一応もてなす気はあるらしい。
横顔が、此方を向いた。
「何だね、呼び掛けておいて。話すことがあるんじゃないのかい?」
「…呼んでみたかっただけです」
怪訝そうに眉間の皺を深め、本に目を戻す。ああ、もう少し、此方を見ていて。
そっと、
手を、
伸ばしてみた。
その頬に触れるか触れないかの瞬間。
「鳥口くん」
反射的に、伸ばした手を戻した。
「…何ですか、師匠」
目線を此方へ流して寄越し、
「呼んでみただけだよ」
と微笑った。

嗚呼、叶わない。
願うのは、いつか高嶺の花に手が届く日が来ること。

end.

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