京極・巷説の部屋

□言えへんわ
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ゑんま屋を出て、ふらふら歩いていると、見慣れた姿が目についた。見慣れたどころか、先刻迄同室に居た人間だ。
「オゥ、どうした林の字。山崎の旦那と遊里に繰り出したんじゃなかったのか?」
「引っ掛かることがあってなあ。旦那も、あの場から邪魔者は退散した方がええと思うてああ言うただけで、ホンマはパーッと遊ぶっちゅう気になれへんかってん。せやからもう帰りはったわ」
「何だよ、引っ掛かることってなァ」
「…往来ではなんやな」
そうして二人は林蔵が塒にしている宿に移った。
「何だよ、良い所住んでやがるな。どうせ金は女に出させてんだろうけど」
「アホ抜かせ。女に出させてたんはこっち来たばっかりの時だけや。今はちゃんと自分ではろうとるわ」
「可哀想になア、こんなヤツの宿代出してやったって何の得もありゃしねえってのによ」
「おどれは分かっとらんのう。得っちゅーたらめちゃめちゃ得してんで」
わてはええ仕事するからのぅ、と、いやらしく口の端を吊り上げて言った。又市は、目を逸らす。
「で?俺に訊きたいことがあったんじゃねえのかよ?話がねえんなら帰るぜ。こちとら暇じゃねえんだ」
「江戸もんは気が短うてあかんわ。世間話楽しむ余裕ものうて、何が粋やっちゅうねん」
付き合ってられねェや、と立ち上がった又市の腕を林蔵が掴んだ。
「…誰を使うたんや」
「…しつけえな。人間使って雷落とせるかよ。偶数だ。強いて言うなら神様ってやつかい。俺の日頃の行いが良いからよ、にっちもさっちも行かなくなっちまったのを見かねて」
「ズドーンと一発落として下さったっちゅーんか?」
「そういうこった。分かったら手ェ離せよ」
「分かるかいダアホ。おどれの日頃の行いで雷落とせるなら、わてなんぞいつでも好きな時に落とせるやないか」
「馬鹿言ってんじゃねえよ。てめえの頭の上にズドンと一発落とされて丸焦げってんなら筋も分かるけどよ」
「ああもう、口の減らんやっちゃなあ。押し問答しとっても埒が明かんわ!」
掴んだ手を、ぐいっと引き寄せた。又市がよろけて倒れ込むのを抱き止める。
「っと、何しやがんでい!」
「ちっと黙っとれや」
減らず口に噛み付くように乱暴な口付けをする。
「!…林、離せ…」
「ハイすいまへんて誰が離すかボケが。おどれの減らず口は余計なことはいくらでも喋りおるくせに肝心なことは話さへんさかい、身体に訊くしかあらへんやろ」
「なっ…!?バカ野郎!離せ!」
暴れる身体を引き寄せ、乱暴に畳に押し付けた。軽く頭を打ち付けて、又市が顔をしかめる。
「ホンマにひ弱やなあ、わてかてそないに力ある方やないで」
「煩え!」
「心配やわぁ、そないに弱かったら、テメエのケツも守られへんのやないか?」
細い腕を頭上で一纏めに抑え、耳元で囁きながら、乱れた着物の裾から手を忍ばせて尻を撫でた。
悔しさか羞恥か、又市が顔を赤く染めて睨み付けた。余裕の無い表情で又市が自分を睨み付けている。しかも組敷かれ、着物を乱して肌を露にさせて。この状況に、林蔵の脳髄にはぞくっとする程の愉悦が走る。思わず生唾を飲み込んだ。
「なぁ、何処のどいつをたぶらかしたんや?雷落としたように見せる仕掛けが出来るちゅーたら、そこいらの小物とは訳がちゃうやろ。そないな大物、どないにして動かしたんや。たった一人で。おどれの武器言うたら、その口八丁と…色気しかあらへんやろ」
「なめんじゃねえ!俺ァ色気なんざ武器にしたことは一回たりともありゃしねえってんだ」
「…自覚がないっちゅーんは困りもんやなあ」
「何わけのわからねえこと…」
「いい加減、黙れや」
再び、唇を塞いだ。
「林…っ…!」
はだけた着物を強引に引き剥がし、素肌に指を滑らせながら、骨の浮いた白い肩に顔を埋めた。舌で鎖骨をなぞると、又市は声を上げまいと堪えるように呼吸を詰めた。
「…阿呆が。唇噛むなや」
固く閉じられた唇に指を突っ込み、抉じ開けた。
「アァッ…嫌だ!林蔵、止め…っ」
鎖骨に歯を立てると、艶のある喘ぎが漏れた。
「感度ええやないか。溜まっとるんか?」
「うるせ…っハァ…」
「ってことは、色気は使うてへんってことか?」
胸元を撫で回してた指が、突起に触れた。
「ひぁっ!」
ビクッと身体を震わせた。見ると、目にはうっすら涙が滲んでいる。予想以上の反応に林蔵は少し驚いた。
「なんやホンマに溜まっとるんか?何処ぞのオヤジに散々弄ってもろうたんかと思うたんやけど…」
「…ッカヤロゥ、んなことしてねえって、何回言えば…」
「…ホンマか?」
愛撫の手を止めて又市を見詰めると、真っ直ぐに見返す視線に心臓を掴まれた。
「ホンマに、誰にも抱かれてへんのか?」
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