東城大学病院

□ちっちゃな田口の大冒険
1ページ/3ページ


田口は途方に暮れていた。

コンコン。
軽いノックをして返事を待たずに、兵藤がドアを開けた。
「あれ?先輩?…いないのかな」
そして兵藤は、デスクの前の椅子に目を止めた。
「…なんじゃこりゃあああ!!??」
駆け寄って地べたに座り込み、顔を近付けてまじまじと注視する。
「フィギュア…?」
その時、田口が面倒臭そうに溜め息を吐いた。
「動いた!!」
「…おい」
「喋った!!!」
「バカ」
「腹立つ!!めっちゃ本物そっくりだ…」
どうやら兵藤は小さくなった田口をフィギュアだと信じ込んでいるらしい。
まあそれならそれでいいか、と、人形の振りでやり過ごそうと決めた時、兵藤が恐る恐る手を伸ばし、田口を持ち上げた。
「うわ、凄いリアル…」
顔を近付けてまじまじと見られ、田口は硬直する。いつまで見てんだ!と内心で文句を言った頃、兵藤が唾を飲む音がした。嫌な予感。
「何処まで、リアルなんだろう」
知的探求心を抱いて血走った目で、兵藤が田口の白衣を脱がしにかかった。
ガツッ!!
田口の右足が兵藤の鼻にめり込んだ。
「…変態」


「で、それはどうしたことですか?」
赤くなった鼻を擦りながら兵藤が尋ねた。
「分からん。気付いたらこうなってた」
「どうしたら戻るんですかねえ?」
「俺が訊きたいよ。参ったな…」
「一つ、案があるんですけど」
神妙な顔で言う兵藤を見上げる。
「王子様の、キ…」
「とりあえず暫く様子を見てみよう」
「…はい」
コンコンガチャ。
…何故どいつもこいつもノックしといて返事を聞かずにドアを開けるんだ…。そんな田口の胸中を他所にドアは開き、小さな訪問者が姿を見せた。
「田口先生はいないでありますか?」
兵藤にはあまり馴染みが無いのだろう。少し緊張した声で話し掛ける。
「えっと、田口先生はね…」
返答に困った兵藤が卓上の田口に目線を送った。
「ああ!」
田口の姿を認め、アツシが机に走り寄った。
「田口先生、小さくなったでありますか!?」
流石、子供。順応が早い。有り得ない事象への固定観念が薄いのだろうか。
「そうなんだよ、アツシくん」
「田口先生とカブトムシはどっちが強いでありますか?」
流石、子供。話題の切替が早い。いや、そんなことより、
「アツシくん、先生はカブトムシとは戦わないよ」
カブトムシと対戦させられては堪らない。
「アツシ、ここにいるの?」
廊下から呼びかける声と共に、アツシの母親が顔を出した。
「ダメよ、田口先生にご迷惑おかけしちゃ………田口先生?」
「…こんにちは」
こんな時にもごく普通の挨拶をしてしまう自分に内心溜め息を漏らしながら、田口はアツシママを見上げてお辞儀をした。





取り囲み、笑う人間達。10人はいようかという影に怯えながら、田口は小さな身体を固くして見上げていた。
「嫌です…やめて下さい…!」
その哀願を楽しむように、影達は一様に笑みを浮かべて口々に優しげな言葉を吐く。
「そんなに怯えないで下さいよ」
「何も、乱暴なことなんてしませんよ」
「ほら、その服を脱いで」
「恥ずかしいんですか?田口先生、可愛い」
それでも尚身を許そうとしない田口に痺れを切らしたように、一人が手を伸ばした。実力行使に出たのだ。
力に屈してなるものかと、田口は全力で抵抗する。
「暴れないで、先生」
「危ないですよ」
何と言われても、気を抜いてはいけない。
「離して下さい!本当に嫌なんです!」
あらんかぎりの力で暴れ続けて、……30秒後。


ぐったり。
「…先生、体力無いですね」
「…放って、おいて、下さい…」
ぜいぜいと肩で息をする田口は、それでも相手の要求を受け入れるつもりは無かった。
影…アツシの母親は人形用の服を手に、
「別にリカちゃんのドレス着て下さいって言ってるわけじゃないんだから…」
とぼやく。彼女が手にしているのは、イギリスの学生のイメージの、チェックの制服。リカちゃんの彼氏だか何だかが着ていたものではなかろうか。
「そうですよ、これくらい、着てくれてもいいじゃないですか」
そう責めるのは、アツシママと同年代の若奥さん。彼女はナチスドイツを思い起こさせるストイックな軍服を田口に突き付ける。
「そうですよ、先輩。ワガママ言ってないで、さあコレを着て下さい!」
便乗して…いや寧ろ率先して、若奥様や看護婦を煽っている兵藤の手には、どこからどう入手したのかは聞きたくない、ミニスカナース服。女達のきゃあきゃあと黄色い声がそれを推す。
「他はともかく、それだけは何があっても着ないぞ。それよりお前は仕事に戻れ!」
次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ