東城大学病院

□クリスマス
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世間はクリスマスイブだという。
田口は大学病院の正面玄関前に申し訳程度に飾られたイルミネーションを見上げて、溜め息をついた。それはクリスマスに一人でいることを憂いた溜め息ではなく、「こんなところに使う金があるならもっと必要としているところに回せば良いのに」と「どうせやるならもっと綺麗に出来ないものか」とが入り雑じった、冷めたそれだった。しかし、外からはそうは見えなかったようだ。
「どうした行灯、シングルベルがそんなに寂しいのか」
少し懐かしいからかい口調に振り返ると、意外な人物がそこに立っていた。
「速水…どうして」
「早目の冬休みだ。地元に帰ったは良いがこんな日に暇してそうなヤツなんてお前くらいしか思い付かなくてな」
「余計なお世話だ。それに、暇じゃない」
「何だ、待ち合わせか?こんなところでってことはどうせ…」
その時、ハイライトにした車が二人を照した。
田口が眩しさに目を瞑り、開けるとそこにはもう一人の腐れ縁が車の窓を開けもせずに指で乗れと示している。
「悔しいけど、お前の予想通りだよ、速水。そういうことだから、乗って行け」
速水はニヤリと笑ってドアに手をかけた。
この日ばかりは、男三人で気兼ね無く飲める店などそう無い。三人は田口のアパートで飲むかという流れになって、田口家最寄りのスーパーに買い出しに寄った。
見て回っている内に何故かはぐれた田口は、二人を探して陳列棚の間をうろうろさまよった。そこに、仕事帰りらしきOL二人組の会話が聞こえて来たのだ。
「ほら、あの人!めっちゃかっこよくない?」
「あー、あんた好きそうだね。でもちょっとおっさんじゃない?」
「馬鹿、男は36過ぎてからよ。うわあ好みだなあ。独身かな」
「見た目いいのにいい年して独身なんて、なんか訳ありに決まってんじゃん。てか、こんな日に男二人でお買い物なんて、ホモ決定」
「そっかあ、有り得る!勿体無いなあ…」
こんな日に女二人でお買い物してる君達はレズ決定なのか?と内心疑問を抱きつつ、彼女達が覗き込む先に向かう。きっと彼女達の話題の人物は速水に違いないと思ったのだ。
しかし…。
「おいタマ、あの先生はワインは飲むのか?」
「知りませんよ、そんなこと」
「お友達なんだろう」
「そんなに個人的に親しくしてる訳じゃないって…」
田口は見なかったことにして通過した。幸い加納の位置から此方は見えない。しかし。
「あ!田口先生!」
玉村に明るい声で呼び止められてしまった。


「来るならそうと前もって言って下さいよ」
「それじゃサプライズにならないだろう」
「サプライズである必要がありません」
「先生が寂しい思いをしてるんじゃないかと思ってな」
「お気遣いありがとうございます。でも見ての通り、寂しくはありません」
加納は、少し離れた位置から自分達のやり取りを眺めている男二人を見て
「見ての通りというなら、クリスマスイブとしては充分過ぎる程寂しい状況だと思うぞ」
それは加納さん達が加わった所で変わりません!と反駁したかったが、その間も無く
「まあ良いから、先生の家に案内してくれよ」
と、肩を抱かれた。
やっぱり来るのか…。田口は諦めて、島津達に状況を説明した。
加納達を部屋に入れることに抵抗があるのではない。玉村とは一度ゆっくり話してみたいと思っていたくらいだし、珍しいメンバーでの飲み会も楽しいかもしれないと思う。
ただ、悪い予感がするのだ。
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