東城大学病院

□暖。
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まだ十一月も初めだというのに酷く冷え込んだ夜。
島津は鍋の材料を手に、田口のアパートにやって来た。
「寒い」
部屋に入るなり、一言。
散らかった部屋の主はこたつから出ようともせずに
「うん。寒いな」
と応じた。
「お前な、鍵くらいかけろよ。不用心だな」
「じゃ、掛けていて」
そうじゃねえだろと呟きながら、島津はスーパーの袋を台所に置く。
「…今更だが、コタツもう出したのか?」
「だって、寒いじゃないか」
普段のそのそしてるクセに、変なところで行動が早い。感心するやら呆れるやら。
勝手知ったる他人の台所で、島津は鍋の材料を切る。
「手伝う気ないだろ」
「あるよ」
微動だにせず答える。
「嘘つけ」
「手伝おうか?」
「いや、一人でやった方が早い」
「知ってる」
「…鍋じゃなければ、お前の料理だけタバスコまみれにしてやりたいよ」
「食べ物を粗末にしちゃいけないよ」
「やっぱり手伝え。ちょっとこっち来い」
えー…と渋りながらも、田口はコタツから出て島津の隣に立った。
「何したらいい?」
切るべき野菜は殆ど切り終えていた。島津は軽く手を洗い、タオルで拭き、おもむろに向かい合って立つ田口を抱くように手を回し、その手を田口の服の中に入れて背中に触れた。
「ひゃあっ!!」
飛び上がる程驚いた田口は、島津が長い付き合いの中でも見たことが無い程鋭敏な動きで島津の手を掴み、服の中から追い出そうとした。
「こんなに手をかじかませて水仕事している俺に、感謝する気になったか?」
「なった!感謝する!するから離してくれ!」
「よし」
冷たい手を服から出して、今度はちゃんと服の上から背を抱きよせ、軽く唇を重ねた。
「すぐ出来るから、座って待ってろ」
「………」
「どうした?」
「いや、何て言うか…お前モテそうだなと思って」
「何をいきなり」
「扱い方が巧いというか…キザというか…顔に似合わず」
「もう一回背中触られたいって?」
「嘘!ごめん!取り消す!」
田口は島津の腕から抜け出して、コタツに戻った。
ごそごそとコタツに入る姿を横から眺めて、島津は我知らず目を細める。
どんなに手が冷たくても、お前の姿が見えて声が聞こえるこの空間では心がとても暖かいんだ。
…なんて事はキザどころか気持悪いと言われそうだから、口が避けても言わないが。


end.

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