東城大学病院

□独占欲と言うより、激情。
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一度抱いたからといって自分の物と思い込む程青くはない。
けれど……。


今日の仕事が片付いて、田口は大きな欠伸とともに伸びをひとつした。体がだるい。それは仕事のせいではなく、昨夜兵藤に抱かれたせいだ。大して歳が違う訳でも無いのに、兵藤はいつもヤりたい盛りの十代のようにがっついている。全てを忘れて情事に溺れるには心地よいが、次の日に節々が痛んで年齢を実感させられる。昨日は特に激しかった。流されるのも程々にしなくては、と反省した。
帰り支度を終えた時、予想外の来客があった。
「よう、先生」
「加納さん。どうしたんですか?」
田口は戸惑って…目を伏せた。過去に一度、身体を重ねて以来会っていない。久しぶりの再会は嫌でも前回の事を思い出させた。
「用が無きゃ、来ちゃいけねえか?」
「あ、いえ、そんなつもりは…」
「気にするな。…今、時間あるか?」
目が合う。猟犬の目だ。田口は射止められたように、身動きがとれなくなり、ただ小さく頷いた。


「…美味いな。こんなマトモな珈琲は久しぶりに飲んだ」
「これくらいしか、こだわる物が無いんですよ」
珈琲を誉められるのは嬉しい。田口は少し頬を弛めて、自分も珈琲を口に運んだ。少し冷えた指先にカップの温かみが丁度良い。両手で包むようにしてその温度を享受する。一口飲んで顔を上げて、加納が自分を凝視していることに初めて気付いた。
「加納さん?」
「…あんた、いつもそんなに無防備なのか?」
質問の意図が汲めずに目で問い返した。
「自覚が無いなら仕方ないな」
独り言の様に呟いてその質問は流された。
加納が小さく音を立ててカップを置き、一瞬の躊躇いの後に田口の目を見据えたので、漸く本題に入るのだと意識して田口は少し緊張した。
「昨日一緒にいた男が、あんたの本命か?」
唐突な質問。答えに迷う。
「…違い、ます」
「だろうな」
加納は昨日もこの病院に田口を訪ねて来た。しかし田口が他の男と二人で駐車場へ歩いているのを見て思わず身を隠したのだ。少し若いように見えたその男は、完全に田口に夢中になっているオーラが全身から出ていた。対して田口は冷めているとまでは言わないが、恋する相手と居る顔ではなかった。
「でも、寝たんだろう」
「…そんな話を、しに来たんですか?」
「そうだ。下らないか?」
田口は黙って、コトリとカップを置いた。緩やかに波打つ珈琲に視線を落としたまま、
「…軽蔑しますか?」
と問い返した。
少し、棘があった。『そんなこと貴方に関係無いでしょう』と言外の声が聞こえるようだ。
加納はそんな田口を無表情に眺める。観察するような、不躾な視線で。
「…いや。軽蔑なんかしねえよ。ただ、」
田口が顔を上げた。
「俺にも、抱かせろ」
半ば予想していたのだろう、田口は暫く加納を見詰め返し…目を伏せた。


「…っ、加納、さん、ここで…?」
白い壁を背に、田口が加納を押し返そうと力を込める。
加納はその手を掴んで壁に押さえ付け、再度唇を塞いだ。
「…んぅッ…は、」
「ここでは嫌か?意外と真面目なんだな」
「誰か、来たら」
「鍵掛けてるよ。余程大きな声でも出さなきゃ外には分からない」
「いつの間に…」
呆れたような呟きに、唇の端を吊り上げる皮肉な笑みを見せた。
田口は諦めのため息をひとつ吐いて、加納の首に腕を回した。
「…早目に済ませて下さい」
濡れた唇がそう告げた。
「ああ、今日の所はな」
耳元に低い声で囁くと、白衣の体が微かに震えた。首筋の柔らかな肌に乾いた唇を押し当てながら、内心では早速前言を撤回していた。
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