東城大学病院

□意地悪。
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※ドリカムの「悲しいキス」とジュディマリの「ジーザス!ジーザス!」から何となく出てきた桐生←田口。でも実は桐生→←田口(笑)


桜並木が途切れた。約束が交わされていたわけではないけれど、見送りはここまでだ。二人は足を止めて、暫く桜を眺めた。
田口は目を閉じて、少しだけ深く呼吸をした。そして桐生に手を差し出して
「では、お元気で」
と言った。握手を自分から求めるなど、生まれて初めてかもしれない。
桐生は微笑んでその手を握り、
「田口先生も、お元気で」
と答えた。
そう言われると田口は何だか『別れ』という実感に襲われて、不意に悲しくなって俯いた。手が、温かい。握手をしなれないせいか、離すタイミングが分からない。
離せなくなった手を眺めていると、手が上昇し始めた。目で追う。桐生の手に握られたままの田口の手は、ゆっくりと桐生の顔の前に引き寄せられた。
指に、少し乾いた唇の感触。
まるで当然のようなキスに、田口は驚くのも忘れて「アメリカ人だと思っていたけど、イギリス人か?」等ととりとめなく考える。ぼんやりした思考を中断するように、急に手を引かれて、バランスを崩す。
倒れかかった先は、桐生の広い胸だった。少しだけ、煙草の匂いがした。
親愛のハグにしては強すぎる力で抱き締められて、田口は戸惑う。
香り。
心音。
温度。

息が苦しい程、桐生を全身に感じながら、目を閉じた。

離れたのは、桐生からだった。す、と二人の間を花弁を乗せた風が通って田口はまた俯いた。


一人で桜並木の帰り道。空耳を聞いて振り返り、肩を落とす。腕に、背に、髪に、桐生の匂いが残ってる気がして胸が苦しい。
こんな気持ち、気付きたくなかった。
「意地悪。」
気まぐれに抱擁をくれて去ってしまった人に、小さく毒づいた。

end.

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