復活書架

□始まりの川原。
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「恭弥くんは、強いね」
そう言ってくれた少女は、いつも儚い笑顔を浮かべていた。

大きな家に住んで、整った顔を持ち、健康で、成績も優秀で。そんな誰もが羨む子どもであったにもかかわらず、雲雀恭弥は滅多に笑うことが無かった。
笑える程に面白いことは無かったし、作り笑いをする必要も無かった。
恭弥を見た大人は、最初こそその姿形の美しさに「可愛い」と誉め称えるが、少しの時間を共にすると、「子どもらしくない」「可愛げがない」と離れていった。恭弥の両親の機嫌を取るために何とか恭弥を喜ばせようと贈り物をしたりおどけてみせたりする者も多く居たが、全て徒労に終わった。
そんな恭弥にも、少し心を許している相手が居た。住み込みの女中の娘で、地味な姿の、線の細い少女。恭弥は「お姉ちゃん」と呼んでいた。名前は覚えていない。恭弥が呼び掛ける相手等殆ど居なかったから「お姉ちゃん」で差し支えなかった。
お姉ちゃんは恭弥より五つ程年上で、当時中学三年生だった。
ある日、屋敷に出入りしていた大人が当時流行していた玩具を雲雀に贈った。
「ほら、変身ベルトだよ!限定販売だから苦労して手に入れたんだ。男の子は皆此を欲しがってるんだろ。恭弥くんにあげるよ」
恩着せがましく差し出しされた其れを、恭弥は
「要らない」
と一蹴した。
「どうして?遠慮しないでいいんだよ。欲しいだろ」
「僕は欲しくない。それを欲しがる子にあげたらいいよ」
まだ何か言っている大人の横をするりと抜けて、恭弥はその場を後にした。



「恭弥くん」
お気に入りの川原でぼんやりしていた恭弥に、お姉ちゃんが柔らかく話し掛けた。
「さっきのおじさん、怒ってたよ」
クスクス笑いながら隣に腰掛ける。
「関係ないよ」
「すごいなあ」
そう言った彼女の声に哀しみが滲んでいるのを感じて、恭弥は隣に目を向ける。
「私だったら、怒らせるのが怖くて、要らない物でも嬉しい振りして喜んでみせちゃう。多分、皆そうだよ」
「…めんどくさいね」
「そう、人間って、めんどくさいの。恭弥くんは、何か特別だね」
「……特別?」
「うん。人に媚びないで居られる人って、なかなか居ないよ。…恭弥くんは、強いね」
「……つよい…」
「私も、強くなれたらなあ」
消え入りそうな彼女の声。恭弥は
「なればいいよ」
と呟いた。
「僕は、もっと強くなる。だから、お姉ちゃんも強くなればいい」
一瞬目を見開いた彼女は、ふっと柔らかく笑って、
「そうだね。一緒に、つよくなろう」
と答えた。
その声がまだ哀しみに満ちている理由が、その時の恭弥には分からなかった。
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