魔人探偵

□八月、夕空に。
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「お盆」と言うのがどんな意味を伴った祭日なのか、吾代は二十代後半まで考えたことも無かった。
「死人が、帰って来んのか?」
「ゾンビみたいに帰って来るわけじゃないよ。霊魂だけ。霊感なんて無いから、私には見えないけどね」
探偵はそう言って少し悲しそうに笑った。
こいつには、鬼籍に入った「会いたい人」が多すぎる。中には魔界なんていう、お盆でも通交可能に成りそうもない場所に居る輩もいる。
そして吾代にも、会いたい人がいた。


盆の夜。
会社の用事が済んでの帰り道に、祭りの声を聞いて立ち止まった。
「盆祭りか」
探偵の言葉を思い出す。霊魂でも、会えるものなら会いたい。
「…祭りに集まる柄じゃねえか」
冷めた無表情を思い浮かべ、苦笑する。
そして、気付く。
こんなにもはっきりと、まだアイツの顔を瞼の裏に描けること。
少し、泣きたくなった。

「泣くなよ、大の男が」
抑揚の無い声に振り替えると、思い描いた姿があった。
「…笹塚」
「久しぶり」
余りにも当たり前に其所に居て、どんな思考も追い付かず、吾代はただ駆け寄って、抱き締めた。細い、肉感の無い身体は生きている頃からそうだった。香りは記憶を呼び覚ましたものか、今此処にあるものか区別が付かない。
「笹塚…笹塚…」
背骨の線、肩甲骨の堅さ、乾いた髪のさらさらした感触、痩せた頬、薄い唇。
吾代の大きな手が笹塚の存在を辿って確認する。
「泣くなっての」
笹塚の指に頬を拭われて初めて自分が涙を流していたことを知った。
「髪、伸びたな」
笹塚の細い指が吾代の髪を撫でた。
そう言われて、吾代はまた涙を流した。笹塚の姿形の、全く変わらないことに気付いたから。
「すぐ、戻るのか?」
「まあね」
「行くなっつってもダメか?」
「…どうしようも無いから」
それでも、言わずには居られない。
再びその身を抱き締めた。さっきよりも更にきつく。
「離さねえ」
笹塚は自分より少し高い位置にある頭にポンと手を置いて、
「60年かそこらくらい、我慢しろよ」
と言った。
「…向こうで、また会えるのか?」
「ああ。そういや早乙女にも会ったよ」
「マジかよ…。…テメーの、家族にも?」
「まあね」
「そうか…また、会えるのか」
呟く吾代に、笹塚はほんの僅かに口元を緩めて、笑った。
それがとても眩しくて、吾代は目を細めた。
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