魔人探偵

□彼を巡る人間模様。
1ページ/1ページ

「あ。」
久々のオフ。デートの相手もなく、けれど二十代前半の女としての自覚を忘れないようにと、仕事の時には絶対着ない花柄のワンピースで、新しく出来たオシャレなカフェへやってきた。そこで偶然出会った、女子高生探偵。

「噂には聞いてましたが…凄い量、食べるんですね…」
「あはは…。等々力さん、私服可愛いんですね。一瞬分かりませんでした」
「スーツでしか会ったことありませんからね」
「等々力さんが非番ってことは、笹塚さんも非番ですか?」
口を付けた珈琲が一瞬酷く苦い気がした。
…自分の、先輩に対する気持が純粋な尊敬だけで無いかもしれないと疑うのは、いつも彼女を介して。下の名前にちゃん付けで呼ばれたい訳ではないけど、少しだけ…嫉妬に似たものが落ちて来る。
「いえ、石垣先輩と二人で張り込みをしている筈です」
「あ、そうなんですか」
彼女は少し笑った。
私は一瞬彼女の呼び方に迷って、
「桂木さん、どうしました?」
と尋ねた。
彼女は愉しげに、予想外の言葉を返した。
「等々力さん、ケロロ軍曹って知ってます?」
「…は?あ、いえ、はい、一応知ってますけど…」
「凄い下らないことなんですけど、等々力さんがチームに入ってからの石垣さんが、モアちゃんが来てからのタママ二等兵に見えてしょうがないんですよ」
「…ああ、分かる気がします」
必死に笹塚先輩の腕にしがみついて私を睨み付ける姿を思い出す。と、同時に小さくて目付きの険しい上司を思い出した。
「私はむしろ笛吹警視が時々ギロロ伍長に見えますけど」
「うわ!分かりますー!!」
桂木さんが予想以上に食い付いて来たので驚いて少し身を引いてしまった。
「そう来たら、もう、匪口さんがクルルで決定ですね!」
「…ああ、確かに」
「やばい、笛吹さんとか匪口さんに会った時笑っちゃいそう」
「やめて下さいよ、私の方が会う機会多いんですから」
何だか可笑しくなって、二人で馬鹿みたいに笑った。


桂木さんの携帯が優しい音色を立てた。
「あ、その着うた…アヤ・エイジア…?」
「そうなんです。新曲、いいですよ…ね…」
メールを開いた彼女の笑顔が引きつっていく。
「…どうしました?」
「すみません、十分以内に事務所に戻らないと…」
「え、ここからだと…」
車でも二十分はかかりますよ、と最後まで言うことは出来なかった。
彼女は伝票を引っ掴んで
「ごめんなさい、等々力さん、また今度!」
と叫びながら走り去った。
取り残されて暫くして、彼女が私の珈琲代まで払ってくれたことに気付いた。
…女子高生に奢らせてしまった。
半分程残っていた珈琲に口を付ける。仄かに温くて、これはこれで美味しい。
店内にアヤ・エイジアの新曲が流れた。

彼女が笹塚先輩をどう思っているのか、とか、笹塚先輩は彼女をどう思っているのか、とか、気になることはたくさんあるけど…どうあっても、私は彼女を憎めそうにない。それは敗北に近いのだけれど、不思議と心は穏やかだ。

今度会ったら、私がおごってあげよう。あ、でも彼女が満足する量の食事を奢ったら財布が空になってしまうかも。そうだ、署の近くのレストラン、ランチバイキングを1500円でやってたな。そこにしよう。

そんなことを考えて、温い珈琲を飲み干した。

私と桂木さんが、ランチバイキングの店に入店禁止になる、2ヶ月程前のお話。

end.

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ