魔人探偵

□君が先に眠るまで。
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小さく、病室のドアをノックする音が響いて吾代は目を覚ました。
午前一時。
少し警戒しながら
「誰だ」
と小言で問う。
静かにドアを開いて覗いたのは、さっきまで転た寝の夢に視ていた男の姿だった。


「痛むの?」
「いや、普通にしてりゃ何ともねー」
昼間にネウロにぐりぐりやられた時は死ぬ程痛んだが。
「それより何の用だよ、おまわり」
「いや、帰り道だったから寄ってみただけ。起きてなければそのまま帰るつもりだったし」
「…ふーん」
特に用も無いのに訪ねて来たのかと思うと、少し動揺した。
「…雑誌でも差し入れしてやればよかったな。食い物は全部弥子ちゃんたちが食っちゃうし」
「んなこと、気にすんなよ。気持わりい。それより、何か言いたいことあんじゃねーのか?」
薄暗い病室で見上げると、笹塚の白い顔が酷く非現実味を帯びていて、何故か胸が痛んだ。
(どっちが病人だって顔色だな)
「別に、そういう訳じゃねーけど……」
珍しく慎重に言葉を選んでいる。
「何だよ」
「大丈夫かな、と思って」
怪訝な顔をした吾代に目を合わせて続けた。
「…あんた、友達だったんだろ。あの子ども」
チー坊。
途端に、目を逸らしていた感情が心に流れ込む。
目の前で自分の脳を貫いて果てた少年。
「余計な気ぃ回してんなよ、おまわりが」
「…あんた、強いな」
思わず俯いた吾代の髪を、笹塚がそっと撫でた。
「ガキ扱いすんじゃねー」
乱暴に言うが、頭は撫でられるに任せたままだ。
「たまには、甘えなよ」
白いシーツに落ちた滴を、笹塚は見ないふりをした。



ベッドに軽く腰掛けて吾代の頭を抱いていた笹塚は、吾代が寝息を立て始めたのに気付いて、そっと身を離した。
決して人相が良いとは言えないいつもの顔とは打って変わって、穏やかな寝顔。
シーツを掛け直してやろうとした腕を、吾代が突然掴んだ。
「起きてたの?」
「ちっとはビックリして見せろよ」
「かなりビックリしたんだけど」
「あれで!?」
そんなやりとりの間も、吾代は手を放さなかった。
「帰るのか?」
「ああ。何、まだ居て欲しい?」
少しからかう様な口調に、いつもなら二秒と置かずに言い返す筈の吾代が黙り込んだ。
無言で笹塚を見詰める目が、ここにいて欲しいと強く訴えていた。
(犬みたいなヤツ)
マルチーズだコーギーだとくだらないやり取りをしたのを思い出す。
マルチーズなんて可愛らしいものじゃないが、人に馴れない野犬を手な付けたようで、これはこれで可愛い、と笹塚は思う。
「いーよ。あんたが熟睡するまで、居てやる」
内心で、短毛種の大型犬を思い浮かべながら、笹塚は吾代の髪を撫でた。


吾代は煩悶していた。少し寒いと言った笹塚をベッドに引き入れてその体温の低さに驚いたのも束の間。
五センチの距離に見える整った顔、染めている訳でも無いのに茶色いサラサラした髪、「あんた、やっぱり体温高いな」揶揄混じりの囁き。
有り得ない衝動。
少し前から自覚していたのに。わざわざ自分を生殺し常態に追い込んだ軽挙を悔やむ。
「…あったけー…シベリアンハスキーかな」
「ああ?」
「いや、何でも」
それから二人は、ポツポツと他愛ない会話をした。事件とは関係ない、どうでもいい話。弥子の驚異的大食いのこと、吾代がネウロに受けた恐るべき仕打ちのこと、石垣の感心するほど役に立たないこと。
薄暗い静かな部屋に、空調の音と小さな話し声だけが流れる。
そして会話が途切れた時、笹塚がまるで何でもないことのように言った。
「さっきから微妙に気になってたんだけどさ、当たってんだよね。あんたの」
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