御宝本閲覧室

□さぁ、戦いの始まりだ!
1ページ/2ページ


『さぁ、戦いの始まりだ!』





『悪い、明日やっぱ無理になった』


そんなメールが入ったのが昨日の夜。
まぁ、珍しい事ではない。お互い職業は表と裏のようであっても(現実は必ずしもそうとは言い切れないのであるが)自由も時間も制限される身だ、ドタキャンなど今までに何度もあった。
それでも今夜のために苦労して予定を空けていた吾代は、落胆の色を隠しきれなかった。

「あー…。今日はもう帰るか…」

仕方無く溜まった仕事を片付けていた吾代は、午後11時頃、くたびれた軽トラに乗り込んだ。
まっすぐ帰宅するつもりだった、が。

「一応、寄ってくかな…」

柄でもないとは分かっている。が、最近予定が合わず、会うこともできない彼の顔を一目でも見たいと思ったのだ。
帰宅しているかは分からないが、行くだけ行ってみよう、と吾代はハンドルを切った。




「やっぱ、帰ってねぇか…」

予想はしていたが明かりの灯っていない笹塚の部屋を見て、吾代は思わず溜め息をついた。
手ぶらで引き返すのも何となく嫌なので、すぐ近くのコンビニに車を滑り込ませた。確か、自宅の酒の買い置きが切れていた筈だ。

ありがとうございましたー、という声に見送られ、コンビニを出る。
車に乗り込み、シートベルトを締めた吾代は、何気無く笹塚のアパートを見た。
と、そこには似つかわしくない、いかにも高級そうな黒い車が入ってきた。
職業病か、思わずその車を見詰める吾代に気付く筈もなく、運転席のドアが開く。
中から出てきたのは、これまた黒いスーツとオールバックに身を固めた、背の高い男だった。
堅気の人間には避けられがちな吾代ではあるが、その男には、自分とはまた違った威圧感があった。

「なんだアイツ、どっかのSPみてーな…」

呟く吾代を他所に、男は助手席に回り、ドアを開ける。
中から、人が出てきた。

「え、…アイツ?だよな…」

フラリと出てきたのは、笹塚その人だった。
足取りの覚束無い笹塚の肩を支えた黒い男は、そのままアパートの階段を上っていく。そして扉が開き、二人ともその中に入って行った。

確かにメールで笹塚は、仕事で遅くなる上に飲みに行くのを断れなかった、と言っていた。
彼が今までに時間を捻出するために、何度もそういった誘いを断っていたのも知っているし、付き合い上、拒否できないこともあるだろう。自分も同じような立場だ、それくらい理解していた。


だが、それとは別に。


(長すぎんじゃねえか、オイ…)

あの二人が笹塚の家に入ってから、三十分が経とうとしていた。
ただ自宅まで送るだけなら玄関まで、そうでなくとも五分くらいで出てくるのが普通だろう。
何とは無しに、あの男が出てきたら帰るか、と考えていた吾代は、シートベルトを締めたまま、いらいらと開かない扉を見詰めていた。

…中で何をしているんだ、あの男は。

笹塚が浮気(、と言えるほど自分達の間に愛があるのかは不安だが)をするとは思ったことはないが(そんな面倒なことしねーよ、とか言われそうだ)、それでもあの黒い男はガタイも身なりも良く、それにまぁ、笹塚の酔った時の色気というのはもう、言葉に尽くせないものがあるしで(何しろ自分がハマったくらいだ)、吾代は知らず知らずの内に疑心暗鬼に陥っていた。
吾代の苛立ちがピークに達してきた所で、やっと古びた扉が開き、あの男が一人出てきた。
次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ