魔人探偵

□小さな生き物。
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「コレ、返しに来た」
魔界探偵事務所のドアを開けてすぐ、笹塚はイビル・フライデーをネウロに突き付けた。
「…おや、いつの間に付いて行ったんでしょうか。わざわざありがとうございます」
嘘臭い笑顔に、笹塚は溜め息を吐いて、
「コレ付いてたら四六時中アンタの監視下にあんだろ?」
と言った。
「本来なら、そうなんですが」
「本来なら?」
「今回は本当に、勝手に付いて行ったので…」
件の虫が怯えたように笹塚の背に隠れた。
「勝手に?そんなこともあるわけ?」
「初めてですよ」
逃げようとした虫をあっさり捕獲して、口元だけで笑いながら、其れを見つめる。
「…成る程」
「何?」
虫をデスクに放って、笹塚に向き直る。
「いえ、単に貴方になついてしまったようです」
「…は?」
「先日の戦いでこいつらが弱っていた時に、おっしゃったでしょう?『この虫達、弱ってるけど大丈夫か?』と。…魔界でも人間界でも、凝視虫の心配等する者はいませんでしたから。初めて人に優しくされて、余程嬉しかったのでしょう」
笹塚はデスクの上の虫に目を向けた。そう言えばそんなこともあったなあと思い出す。
「貴方は優しい方ですね。笹塚刑事」
「…そうでもないけど」
「先生も言っていましたよ。いい人だと」
「買い被りだよ」
「でも」
瞬間。
反射神経も反応出来ない程の速度で、ネウロが距離を零にした。
きつく抱き締められ、黒髪混じりの金髪から異国的な芳香が鼻をくすぐる。
「ネウロ…?」
「僕には、あまり優しくしてくれませんね」
「何、言って…」
「どうやら貴方は、小さなものにとても優しい。…時折、不愉快になるほど」
耳元で囁かれる低い声に、ぞく、と背筋が震えた。
「我輩に嫉妬などという下らぬ感情を与えたのも、お前だ」
耳慣れない本性の言葉で告げて、耳の下に口付けた。
「ッ…ネウロ、やめ…!」
尖った歯を食い込ませて、付いた歯形を舐める。笹塚はネウロを突き放そうと抵抗するが、魔人の力の前では無意味だ。
「…何、…ッ…」
柔らかい皮膚をきつく吸われ、身体に痺れが走る。
「ああ、綺麗に残りました」
自らの付けた所有印を満足そうにみつめて、ネウロが呟いた。
「…何がしたいの?」
息が苦しい程抱き締められたまま、問う。
「何が…?」
少し体を離し、大きな両の手で笹塚の頬に触れた。
「…何がしたいということはありませんよ。ただ、貴方が僕だけ見てくれたら良いのに、と思いまして」
「……まるで、愛の告白みたいに聞こえるんだけど?」
ネウロは答えずに、口元に笑みを含んで、今度はフワッと、とても優しく笹塚を包んだ。
そうされていると、181センチの長身である自分が、まるで小さな生き物であるかのような錯覚を覚えた。
…不思議と、悪い気分はしなかったので、笹塚は目を閉じて、体の力を抜いた。
ネウロは預けられた重みに目を細めて、色素の薄い髪に指を絡めた。
机の上に居たイビル・フライデーがきまり悪そうにコソコソと隠れた。

end.
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