02/12の日記

15:23
モブ志摩と言ってみようか
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いつもの如くタイトル詐欺




失敗した。そう思って顔を歪めてみてももう遅い。周囲には兄の部下や明陀関係者がそれなりにいて、一部始終をがっつり見られてしまった。
失敗した。もう一度そんな自念に駆られ、頭を抱えようとして己の手が血でべっとり汚れている事に気付く。思わずした舌打ちは静まり返ったその場に必要以上に響いてしまい、廉造はますます顔を歪めるのだった。

――ああもう、失敗してもうた。



少し、昔語りをしよう。
廉造は、今でこそあの短気揃いの志摩家において珍しくも温和な性格と称されてはいるが、幼い頃は当たり前に口よりも手や足が先にでる子供だった。似た者夫婦の志摩夫妻から産まれ、兄姉皆の気質がそうであるなら、一種の洗脳、もとい、教育として手が早くなるのも頷けるというものだ。
しかし、ある日を境に廉造は気付いてしまった。
八百造が、柔造が、その短気で誰かを叱り飛ばし、時には殴り、時には尻を蹴りあげる際に、何故かその誰かは恍惚とした表情を浮かべていることに。
当時はまだ被虐趣味という言葉を知らなかった廉造ですら、その異常性は如実に見てとれた。姉に相談してみた所、「明陀はマゾ体質の変態が多いさかい…」と遠い目をされた。
しかしそれも金造が祓魔師デビューを飾った頃にはなんとなく理解はできた。つまるところ、志摩家の気質はマゾっ気の強い明陀連中によくウケるのだろう。はやくも金造に群がる男たちを見て、廉造はバレンタインに真っ青な顔で帰ってきた柔造を思い出す。…ああ、そういう事……狙っているのは果たして棒の方か穴の方かは知らないが迷惑な話だと思う。
思って、廉造はざっと血の気が引くのを感じた。他人事のように考えていたけれども、むしろ渦中にいることにようやく思い至ったのである。以前に言われはしなかったか、父の部下に、兄の部下に、新しく入ってきた祓魔師に、「廉造は将来有望やなぁ!」と!
鳥肌が立った。つまりあいつらは将来廉造に殴られ蹴り飛ばされる様を妄想していたのだ!えもいわれぬ恐怖であった。
廉造は決心する。そうはなるまい、と。これこそが廉造の性格形成の元である。

そうして彼は他人を殴る事をやめた。眉間にシワを寄せる癖を改め、極力笑うようにした。主張することを減らして日和見に話していれば、衝突は大分減った。
最初はストレスも溜まったが、金造に喧嘩を吹っ掛ける事で緩和できたし、兄らに怒鳴られうっとりする大人達を見れば決心も固まろうというものだ。

俺は、あんな変態共に関わりたくない。



それから数年、廉造の作り出した“笑ってばかりのヘタレな五男”というキャラクターは努力の甲斐あって、しっかり皆に定着した。自分ですらその性格に馴染んで違和感がない。だからもう、すっかり廉造は勘違いしてしまったのだ。自分は争い事が苦手な弱虫であると。根っこは何も変わってはいないのに。
本人すら忘れていた本質、そう。
彼には志摩の血が流れている。




我に返った時にはもうすでに手遅れだった。こめかみの奥の方でぶづん、と鈍い音を聞いてから、身体の一切の自由が廉造の意思から放れてしまった。おぼろ気な記憶の中で「うっとうしいんじゃ悪魔風情が!!塵も遺さず浄滅したるわ感謝せえやクソにも劣るゴミ虫がァァアあははははははは!!!!」とかなんとか景気よく啖呵を切った気がするが何せ記憶が曖昧で覚えていない。覚えてないったら覚えてない。
ああ、三つ子の魂百までも!廉造は悪魔の返り血で染まった手を見つめながら嘆いた。


「廉造さん…!」
ぎくり、と肩を揺らす。振り返れば名も知らぬモブがやたら目を輝かせてそこにいた。あ、嫌な予感。

「僕は信じてました!廉造さんは本当はできるお人だって!」
「なんや今まで猫被っとったんか!しかし見直したわ、流石八百造さんの息子や!」
「驚いたわ。自分あんな格好よかったんやな!」
「…………ええわぁ…」

モブの皆様がやたら目を輝かせて称賛する。流石志摩の子よ、と。それは単純に悪魔を仕留めた廉造に対する労いであったかもしれないが、廉造はかつてこんな目を見たことがあった。


いつの日か、己を将来有望だと笑った、変態共の目だ。


「ひっ…!」
声にならぬ悲鳴を上げて後ずされば、その分だけ向こうもにじりよってくる。
(触るな寄るな、変態共!!)
いっそ、そう叫んでやれば良かっただろうか。否、言ったところで悦ばせるだけだ。逃げ道がないことに気付いた廉造はガクリと膝を付いた。
廉造は、失敗したのだ。


「これも志摩の業や…堪忍なぁ…。」
そう呟き、目頭を押さえた八百造を柔造がそっと慰めていたことなど、廉造は知るよしもない。
志摩家の業は続いていくのだ。

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