01/26の日記

11:49
志摩家が悪魔の血を引いてたら
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10月末に載っけてたやつなんですけど、ちょこっと手直しして続きもちょろりと書いてみた。
もうちょい続けるつもり。最終的にアマイモン出せたらいいと思う。

※勝呂がえらいへたれ。ごめん。




「いつか志摩を御して立派な大僧正になってくださいね」

むかしむかしに言われた言葉だ。何の意味もわからないくせに、良い子の返事で頷いた。俺は立派な大僧正になるんだ、と。
“志摩を御す”その意味など何一つわかっちゃいなかった。


志摩の名は使魔に由来する。その字の如く、彼らの祖先は座主の使い魔たる悪魔であったそうだ。今やその血もだいぶ薄まり、ほぼ人と変わらぬ姿や体質となっているが、やはり人より優れた身体能力はその身に流れる血ゆえであろうか。
さらに、志摩の人間はひとつ特殊な性質を持っていた。
血の覚醒。
その身に流れる悪魔の血が、ある程度成長すると一気に力を増すそうだ。覚醒の年齢は個人差はあるものの、10〜15才の間と言われている。ただ、これは昨今血が混じりすぎたのか、志摩の者が皆が皆目覚めるわけでなく、覚醒せずに一生を終える者もいる。
けれど、今の代の志摩は押並べて血が濃い。長女と三男を除いた皆が覚醒を終えている。廉造もいつか覚醒するだろうと言われていたが、自分は志摩が覚醒するとは到底思えなかった。だって志摩はまるで普通の人間と変わらず、力だってむしろ自分のほうが強いのだ。悪魔の血が混じっているなんて到底信じられるものではなかった。

けれど、志摩は覚醒した。
志摩が覚醒したのは10歳にも満たぬ頃。家族の誰よりも早かった。
そうして、それは確実に己のせいなのだと勝呂の名を冠する子供は知っている。


それは下校の途中だったはずだ。いつものように三人で下校していれば、「祟り寺の子」と囃し立てられ、囲まれた。これも、いつものことだった。
けれど、そんな日常は些細なことで一変する。きっと自分が何か言い返したのだろう、負けず嫌いは昔からだ。そうして囲む子供らがいきり立つ。
「気持ち悪いんだよ、おまえら!」
子供の一人が石を投げた。明確な攻撃意思があったわけじゃないだろう。ただ、近くに落ちていたものを衝動的に投げただけだ。しかし運悪くその石は勝呂の額に当たり、流血という惨事を引き起こした。
子猫丸は大慌てで(それこそ、当人たる勝呂よりも泣きそうになりながら)大人を呼んでくると転がるように駆けていった。
子供も自ら引き起こした事態に戸惑い、恐れ、まごまごと立ち尽くしている。
そうして、志摩は。

「ぐッ、う」
「志摩?」

身体を二つに折り、息を荒げ呻く志摩に、もしや志摩にも石が当たったのだろうかと駆け寄る。ぱたた、と額から流れた血が志摩の手に付いた途端、熱いものに触れたようにびくん、と身体が震え

「え」

初めの変化は爪だった。急激に志摩の爪が伸び、鋭利な凶器と化した。志摩の眠たげな垂れ目は爛々と輝き、猫のような目になっている。めき、と志摩の犬歯が伸びて、喉の奥からは獣のような呻り声が聞こえる。
(これは、なんだ。)
その時勝呂を支配したのは、恐怖であった。それも、幼馴染に対する恐怖。怖い、無二の友人たる志摩に勝呂はそう思ったのだ。

「ぐ、ガァアぁアああァァぁア!!!!」

涎を垂らし、手を地に着けて四足になって吼える様は悪魔というより獣そのものだ。勝呂たちを囲んでいた子供は散り散りになって逃げたが、志摩はそのまま四足で走り、人では在り得ぬ速さと跳躍で勝呂に石を投げた子供の前に回り込む。
そうして、志摩は拳を振り上げ、地面を割った。
アスファルトの地面は粉々に砕け、石のつぶては目の前の子供の体中に当たる。
固いコンクリートすら砕く怪力。そんな拳で直接殴られたらきっと死んでしまう。
勝呂は止めねばならなかった。将来の座主たる者として、志摩を抑えねばならなかった。志摩を御す、とはそういうことだ。
けれど、
(バケモノ、バケモノ!!)
ここで声を発したら自分は殺されてしまうのではないか、そんな恐怖で身体が竦む。結局子猫丸がつれてきた大人たちに廉造が抑えられるまで、勝呂は身動ぎひとつできなかった。
そうして、大人たちに押さえつけられる志摩の呻り声と咆哮を背に、逃げ出したのだ。

自分はずっと悔いている。あの時彼を「化け物」と恐怖した自分を、逃げ出してしまった自分を恥じている。
彼はその血に忠実に、主に害なす敵を排除しようとしただけだったのに。







ぱち、と目が覚めたとき、そこは暗くて冷たい石床の上だった。布団も何もないままに寝かされた体は酷く疲れていて、指一本動かすのすら面倒だった。どうにか目だけをぐるりと見渡せば、どこかで見たような大人たちが何人かこちらを見下ろしていた。

「これほどまでとはなぁ…」
「これやと坊の力じゃ抑えきれへんで」
「和尚様に契約してもらうか?」
「それやと護衛の意味があらへん」

ぼそぼそと交わされる会話の意味は廉造にはまるでわからなかったが、その雰囲気に恐怖を覚えてどうにか身体を動かそうと試みる。
じゃらり。
身動ぎした瞬間に響いたその音にびくりと身体を震わせる。おそるおそる、音の発生源を見やれば、己の首に繋がった鎖だった。首に枷が嵌められ、鎖で繋がれているのだ。
(何、何なんこれ!なんでおれ繋がれとるん!?)
混乱する廉造のことなどまったくお構いなしで、大人たちは着々と話を進めていく。廉造が目を覚ましたことに気付いているのにも関わらず、だ。いつもならこんなこと有り得なかった。

「……しゃあないな」
「八百造さん」

(おとん!)

ようやく見知った顔を見つけてほっと息が漏れる。お父なら助けてくれる、このわけのわからん状況から救ってくれる!そう思って廉造はじっと期待の目で八百造を見上げた。
しかし、八百造は

「…廉造の血を封印する。時が来るまでは」
「八百造さん、それは…」
「しゃあないことや」

す、としゃがみ込んだ父親は手に何か蠢くものを持っていた。
ぐにぐにと蠢くそれは芋虫とムカデを足して3倍にも巨大化したようなグロテスクな生き物だった。廉造の口から引きつれた悲鳴が短く上がる。

「身喰いの蟲や。これを寄生させてお前の悪魔の力をこの蟲に喰わせる」

淡々と説明しながら八百造の手に在る蟲が近付いてくる。恐怖に慄きながら廉造は必死に身をよじる。しかしどう力を入れたって身体は動かず、じゃらじゃらと鎖が無機質な音を響かせるのみで、父の手から逃れる術などなかった。

「な…っなんで、なんで!?嫌や、怖い!怖い!怖い!助けてお父!!」
ガチガチと歯の根が合わぬままに八百造に助けを請う。しかし八百造は無表情で手の蟲を近づけてくるのを止めない。

「嫌や、嫌や!なんで?なぁお父、なんで!?いややぁ!謝るから、やめて!」
「すまんな、廉造。これも坊をお守りする為や…」
「守る、守るからぁ!ちゃんと言いつけどおり坊も子猫さんも守る!やからやめて、嫌や、それどっかやって…ッ」
「……もう、遅いんや」

ぐじゅり、と怖気の立つ感触が左のこめかみに押し付けられる。ぶよぶよした蟲に只管恐怖の涙を浮かべていた廉造は、次の瞬間絶叫した。


「あ、あ、あ゛ァあアアああァああアああぁあ!!!!!」
痛い痛い痛い嫌だ怖い怖い助けて誰か助けて痛い熱い怖い怖い怖い嗚呼誰か!!!!
蟲が皮膚を食い破り体内に這入って来る恐怖と焼け付くような痛みとで廉造は気も狂わんばかりに泣き叫ぶ。体内を食い荒らされる途方もない恐怖と苦痛は壮絶で、そのまま廉造は気絶するまで悲鳴を上げ続けた。

「……すまん。坊がお前を御してくれたらこんなことには…」

途切れる記憶の最後に、そんな父の声が聞こえた気がした。
(じゃあこれは、この痛みは、この恐怖は、全部全部坊のせい?)

そうして、暗転。


起きた時、そこは自室の布団の中だった。
ああよかった、あれは夢だったのだとほうと息を吐いた。ぼんやりする頭をしゃっきりさせる為に洗面所に向かう。
(それにしても、怖い夢やったな…思い出したらまた気持ち悪くなりそうや)
ばしゃばしゃとつめたい水で顔を洗い、鏡に映った自分の顔を見て、凍りついた。
左のこめかみに傷跡がある。
それは、紛れもなく昨夜蟲が入り込んだ場所だった。
(夢じゃ、ない…?)
「――、うっぇ…ッ…ッ」
ぐにゃ、と傷跡が盛りあがって蠢いた気がして、廉造は溜まらず洗面台に突っ伏すようにして胃液を吐き戻した。生理的な嫌悪感からくる嘔吐感はいつまで経っても治まらない。
さすがに異常に気付いたのか八百造が走ってやってきたが、その時廉造はボロボロと涙を零し傷口を掻き毟っていた。いくら傷口を抉っても蟲は出てこず、廉造は半狂乱になって傷跡を引っかいている。

「廉造、廉造!無駄や、いくら身体を傷つけても蟲は出てこん!」
「いや、嫌、嫌、嫌や!取って、お父取って!蟲取ってぇ!!」
「あかん!我慢せぇ!蟲はなんもせん!もうどっこも痛くないやろ?な!?」
「嫌や、嫌やぁああ!!」

その時、八百造がパニックに陥った息子をどう思ったのか。哀れに思ったのか面倒臭く感じたのかはわからないが、なんにせよ取った方法は廉造にとっては救いであったに違いない。

「…忘れぇ。お前ん中にある蟲、力、血、全部全部忘れぇ。今はそれでええ」

そうしてその言霊は廉造の中にゆっくりと落ちて浸透していった。
ゆっくり、ゆっくりと。蟲に対する異常な恐怖感を残して、廉造は全てを忘れた。




「し…志摩……」
「あ、坊。どないしたん?そんな隅っこで。お見舞いに来てくれたんやろ?」
「……おれ、おれのせいやんな。っく、やのに…逃げ、たりして、ごめっごめんッふぅ、」
「ぞええええ!?な、泣かんでよ坊!なんで泣いとるん?おれのせいなん?」
「ちゃう!おれがっおれがぜんぶ!」
「ごめんなぁ。おれ坊がなにしたか全然わからへんの」
「…えっ」
「お父がな、すごい熱出とったから記憶が色々すっとんどるかもしれんーって。せやから多分おれ、覚えてへんのやと思う」
「そんな…」
「やから気にせんでええんよ?坊」

複雑な表情をしながらも、ようやく笑った勝呂にほっとする。だってこの人はおれのあるじ様なんだから、おれがお守りせんとあかんのや。
(…主?俺を御することもできず、尻尾を巻いて逃げ出した奴が?)
心の奥の奥に生まれた疑心に満ちた呟きはすぐに蟲がむしゃむしゃごくんと平らげてしまった。ごちそうさま。

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