01/09の日記

00:28
今は昔
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始まりはきっとこの一言だろう。

「お前らって子供の頃から変わってなさそうだよな」

燐はあの時の自分を殴りたいほどに後悔している。何故、何故パンドラの箱を開けてしまったのか、と。
パンドラの箱、もといアルバムの中では天使と見紛う愛らしい子供がこちらを見て笑っている。




「お前らって子供の頃から変わってなさそうだよな」

頬杖をつきながら、燐は目の前の三人を見てしみじみと零した。勝呂と子猫丸に挟まれて渋々宿題をこなしていた志摩はぱちくりと瞬いた。

「それは顔がってこと?それとも力関係がってことやろか」
「んー、関係っていうか…昔からそんなやりとりしてそうだよな。勝呂と子猫丸に挟まれて宿題させられてーって」
「ぶっは、大当たりやわぁ。もぉ昔から二人とも頭固いのなんのって」
「っつーか奥村、何他人事の顔しとんねん!明日のテストやばいんはむしろお前やろが!気張らんかい!!」

思わぬやぶ蛇に、顔を歪める燐を笑う志摩とて数秒後に勝呂に雷を頂戴した。
二人の情けない悲鳴に苦笑して、子猫丸はふんわりと燐の発言に乗ってくれた。

「そうやなぁ。僕らはずっと一緒やったさかい、そんなに変わるもんでもないしなぁ」
「まぁ容姿の方は坊が高校デビューしはったからなんとも言われへんけど?」
「こっこれは気合や!!大体高校デビュー言うなら志摩やろが!阿呆みたいな髪色しよって!」
「これかて気合ですぅ。俺は高校に上がって上品になるて決めたんや」
「上品と対極の髪の色やんけ…」
「っていうか志摩が上品?」

思わず笑ってしまう。だって燐ですら分かる、上品という言葉は志摩に当てはまる形容詞ではないはずだ。詳しくはよくわからないが。

「あー!奥村くん今馬鹿にしたやろ!俺かて高校上がって変わったんやで!」
「えー?でもお前小学ん時のあだ名『エロ魔神』だろ?変わってねぇじゃん」
「エロは紳士の嗜みやからそこはええの!」
「お前…」

呆れてよう物も言わんわ…と溜息を吐く勝呂に苦笑する子猫丸。きっとこいつら昔から変わってない、と燐は確信を深めた。

「あ、そや。アルバムあるけど見る?」
「マジで?見たい見たい」
「ええ加減勉強せぇやお前ら!明日テストやぞ!」
「ええやないですか、ちょっとだけ!」
「おう!アルバムみたら真面目にするから!」
「やらへん奴の常套句やぞソレ…」

しかしなんだかんだで子猫丸も「懐かしいですねぇ」と乗り気のようで、3対1と分の悪い勝呂はむっつりと茶を啜った。
それに、なんだかんだで勝呂とてアルバムは見たい。

「やー手違いで混ざっててんけど、持ってきて良かったわ」

机にどん、と置かれた分厚いアルバムをめくれば、一目で血の繋がりが視認できる兄弟が仲睦まじげに写っていた。

「…そっくりだな」
「柔兄と金兄と俺やな。子供の俺めっちゃかいらしやろ!明陀の天使と謳われるほどやってんで!」
「天使って…おまえん家、寺じゃん」

呆れながらも、確かに子供はとても可愛らしかった。これが十年後にこうなるのか…と燐は隣を見て時の流れの残酷さを知る。

「まぁ…志摩は昔から人懐っこいからな、皆に可愛がられとったわ」
「あれ?天使の話否定しねぇの?」

ひょっとして勝呂も志摩を天使だと思ってたのか?と笑いだしそうになったが、何故か真面目な顔した子猫丸が無言で首を振ったので燐はそれ以上突っ込んで聞くことはやめておいた。

「あ、ちっちゃい頃の坊と子猫さんも写っとるで」
「おー。子猫丸かわんねー!」
「……」
「だ、大丈夫ですえ子猫さん!さすがにこん時よりは身長伸びてはるさかい!」
「勝呂はやっぱり目つき悪ぃなー」
「お前に言われとうないわ!」

ページをめくるたび、楽しそうな志摩たちの笑顔が写ってて、何だか燐も楽しくなる。それに写真の横には「廉造4才 柔造14才 一緒にお散歩」だの「金造10才 三味線と格闘中」だの、微笑ましいコメントが付いている。なんかいいなぁ、こういうの。俺も帰ったら探してみようかなぁ、と燐が次のページをめくり、
凍りついた。

天使が居た。
そりゃもう天使と見紛うほどには愛らしい笑顔でこちらにピースサインなんか送っているのは今は昔、志摩廉造の幼き頃である。
どこか誇らしげに顔を紅潮させ、バットなんかを小さな手で握り締めて惜しげもなく笑顔を振りまく子供はそりゃあもう可愛らしい。可愛らしいのだが。

「なにコレ」

背景に移りこむのは凄惨な撲殺現場だった。
子供の服は赤くまだらに染まっていて、紅潮した頬にはべっとりと赤いものが付着していてバットもなんか黒いシミがついていて、後ろの方ではごろごろと数人の人間が鼻や頭から血を流して倒れている。え、天使ってそっち?撲殺だとか殺戮だとかが頭についちゃう方の天使?コメントには「廉造7才 喧嘩で見事白星!」なんて書いてあるがどう見ても喧嘩なんてレベルじゃない。もしこれが喧嘩だというのなら、今まで燐がしてきたものは一体なんだったんだろう。児戯か。ままごとか。ちょっと遠い目になった。

「あーこんなんもあったなぁ」
「え?そんな反応でいいの?普通なの?お前ん所これ普通なの?アルバムにのせちゃうレベルなの?」

むしろ通報レベルじゃないのか。血染めのバットを誇らしく掲げる子供の輝く笑顔が恐ろしく背景と不釣合いだ。
もしこれが日常的に見られる風景ならば京都の修学旅行って実はとても危険なことではないかと危ぶんだ燐ではあるが、激しく首を振る勝呂と子猫丸に酷く安堵した。良かった、俺の常識間違ってなかった。
だが、安心してる場合じゃなかった。ページをめくった燐は酷く後悔することとなる。

「金造と廉造 大喧嘩!」
「修行中の廉造と柔造 大人気ないお兄ちゃん」
「廉造・金造 借金取りを見事撃退!」

写真のいずれもが流血沙汰の事件現場だった。いつの間に自分は警察の事件ファイルを見ているのか、と前のページを確かめたほどには、そのページは凄惨極まるものであった。最後など、どうしてそうなったのかあちこちの地面に大穴が開いて、無邪気に笑う少年二人の傍らで土下座の格好をした大人の尻にずっぷりと木刀が刺さってる…燐はそっと写真から目を逸らした。

「………まぁ、明陀名物の中に志摩家の兄弟喧嘩があがるくらいには、見ごたえあるもんや。下手なプロレスなんぞよりよっぽど迫力あるしなぁ…」
「…坊、フォローになってません。志摩さん家は……その、なんや……その、ええと」
「え、何なん?この空気。」
「お前のせいだよ」
「え?何が?っていうか最近はちゃんと自重しとるよ?誰も殴ってへんし、借金取りも金兄もおらんから平和に過ごしてるやん」

何が怖いって、この空気の原因をまったく理解していない志摩である。お前ん家これが普通なの?借金取りを土下座させてケツに木刀突っ込んじゃうのが普通なの?なにそれ怖い。
志摩は一気に凍りついた空気にも気付かずに「柔兄も大人げないわー、こん時マジ死ぬ思たもん」と笑っている。写真の中の子供はあちこち痣だらけで、腕が不自然にだらんと伸びていた。そうして相対している志摩の兄貴と思しき男は、カメラの方を向いて笑顔で手を上げている。え、この状況で笑っちゃうの?っていうかカメラ向けてる人も暢気に撮ってる状況なの?止めなくていいの?

「…奥村、明陀にはこんな言葉があるんや。教えたる」

勝呂はどこか遠くを見つめながら口を開いた。

「触らぬ志摩に祟りなし…」
「触らぬ志摩に祟りなし…!」

ごくりと唾を飲み込んで、アルバムに目を落とした。
そこには笑顔の可愛らしい血染めの子供が写っていた。

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