01/06の日記

01:44
安定のオチ
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きっと人としては彼は正しい判断をしたんだろう。
だが、上に立つものとしては。
彼は人の上に立つには優しすぎる。






不浄王のごたごたも片付き、あれから数年。志摩、勝呂、三輪は無事祓魔塾を卒業し、順当に京都支部にて勤めを果たしている。明陀は不浄王が消えうせ、伽婁羅の加護をも失う大きな転機をいくつか迎えども、廃れることも特別栄えることもなく、今までと変わらず細々と身内で助け合いながらやっている。
そして、これは内緒ではあるが、志摩と勝呂はお付き合いをしている。
当然許されることではないだろう。不角の血を脈々と伝えることを義務としている明陀に子の為す事ができぬ志摩が認められようはずもない。特に、勝呂は実直な男であったものだから、きっと毎日煩悶としていることだろう。そんな勝呂が志摩は愛おしくて仕方なかった。志摩の事を想い、現実との狭間で苦悩する勝呂を想う。それだけでえもいわれぬ幸福に満たされる。
危うげな、いつ壊れるかもわからぬ関係ではあるが、勝呂は志摩を愛していたし、志摩も勝呂を愛していた。



ある日、京都の山奥にて大捕り物が行われた。
調査では上級悪魔3体が確認されているとのこと。

「大物やなぁ…上級が複数やと真っ向から行くんは犠牲が出てまう」
「陣を張っておびき寄せよか」
「なるべく上級はバラけさせたいわ…3体もおるんやったら結界張ってたかて危ないで」
「囮役はいつものように」
「頼んだで、志摩の」

あっという間に決まった作戦は、志摩柔造、金造、そして廉造がそれぞれ囮となって悪魔を罠にかけるというものだった。勝呂は口も挟めずむっつりと押し黙っている。廉造は勝呂の心情がありありと理解できて苦笑した。
志摩の人間は皆身軽で足も速い。明陀でも飛びぬけた身体能力から、そういった陽動や囮には必ず志摩の人間が指名された。だから、こんな作戦慣れっこなのに、勝呂はいつも心配そうな顔をするのだ。…他人には不機嫌そうな顔にしか見えないことだろうが。

「…志摩」
「なんちゅう顔してはるんですか。坊はこの作戦の要やで?しっかり指揮とってや」
「…わかっとる」



そうして始まった大捕り物。結果として悪魔は祓われた。
だが、作戦は失敗と言えるものだった。


「…あっかんわ。こん悪魔えらい足速い」

三体の上級悪魔は皆見た目も能力もバラバラで、お互いの短所を補い合っているというやたら人間染みた戦い方をする奴らだった。
柔造が担当したのは一番体の大きな悪魔。その力は拳で大岩を粉々にするほどだ。だが動きは鈍重で、いくら強くとも当たらなければ意味はない。あちらは苦もなく陣におびき寄せ封じることができたようだ。
金造が担当したのはひょろりと痩せっぽちの悪魔。異様に長い腕から毒液をにじませて辺りに撒き散らす為、誰も近づけない。だが、その見た目通り体は貧弱で、業を煮やした金造がキリクをぶん投げた所、一撃でその体は粉砕されたそうな。
そうして、廉造が担当した一番体の小さな悪魔。攻撃力はそれほどないにせよ、動きが素早く捉えられない。陣の方に誘導しようにも回り込まれて幾多の攻撃を浴びせてくる。いくら攻撃力がないとはいえその分手数が多い。廉造はボロボロになった僧衣に舌を打ちながら、突進してくる悪魔を転がって避けた。

(もうちょい…!)

それでも、少しずつとはいえ目的の場所に近付いてはいる。
それに廉造とて馬鹿ではないのだ。素早い動きを利用してのカウンターで何発か攻撃を入れている。きっと腹を立てていることだろう、逆上して突進ばかりしてくるものだから攻撃が見切りやすい。段々相手の速さにも慣れてきて、作戦の成功を確信した瞬間だった。

「おい、志摩の!無事か!」
「ばっ…」

(救援!?そんなもん要請した覚えないで!!)

新たな標的の登場に、悪魔は赤い目を一層ぎらつかせてかぱりと大きな口を開けた。

「ッ物陰に隠れえ!!」
「!!」

廉造が叫んだ瞬間、悪魔の口から針のようなものが無数に放たれる。それらは救援の一団をまるまる襲った。
悪魔には色々な種類がいて、その技も多岐に及ぶ。
柔造が対した悪魔などは力や守備にも優れ、個で相手をするのは難しい悪魔だ。
だが、廉造が対した悪魔は広域の攻撃に優れており、動きも素早い為に返って大勢の人間は邪魔になる。みすみす的を増やすようなものだ。それが分かっていたから廉造は救援を呼ばなかった。体はボロボロだが、下手に人数を増やすよりは自分だけで対処した方が被害は少ないと考えたからだ。
だというのに。

(……坊、あんたか)

今、指示を出しているのは勝呂だけだ。廉造が要請してもいない救援を、勝呂がよこした。それは廉造を心配する勝呂の気持ちの表れだろう。
恋人としては正しいかもしれない。だが、上に立つ人間としては――

「こんの…ッアホンダラァ!!!!」

楽しげに飛び回っていた悪魔を打ち落とす。そのままわしづかんで地面に叩き付けた。
吐き出してくる針も口がこちらに向いていなければ怖くはない。そのままキリクを突き刺して、悪魔を中心とした陣を展開する。声にならぬ悪魔の断末魔を聞きながら、志摩は振り返った。多くの人間が膝を付いているが、幸い死傷者はいないようだ。ほう、と息を付いて地面を掻きながらもがいている悪魔を見下ろす。悪魔の体を貫通した錫杖はそのまま地面に突き刺さっている為逃れることはできない。そのままじわじわと死んでいくだろう。

「坊の阿呆…」

背後から聞こえる呻き声と、密やかなささやき声を聞きながら、廉造は小さく毒づいた。




結果として、悪魔は討伐できた。だが、廉造の部隊にだけ多くの負傷者が出た。これはそのまま廉造の評価に繋がることだろう。

「『ただでさえ人員不足なんを、無駄な怪我人増やしよってからに。あの志摩のおちこぼれが』」
「……なんやそれ」
「聞いたことない?そこいら中で言われとりまっせ。人気者は辛いわぁ」

深く深く眉間に皺を寄せる勝呂に、廉造は笑った。こんなのはただの当てこすりだ。

「別におちこぼれや言われるんは構へんの。今更やしなぁ」
「…俺のせいか」
「そうや、坊の判断ミスや」

にっこり言ってやれば勝呂はぐぅと呻いて俯いた。でかい図体を丸めてしょげ返る姿は惚れた欲目か、えらく可愛らしい。

「なぁ、坊は俺を飼い殺しにする気なん?」
「…そんなつもりない」
「なら、なんで?今回だけやないよ。以前俺が囮役やった時もそうやった。悪魔を囲い込む前に姿出してしもて、結局囲いきれんかった悪魔は逃がしてもうた」
「…すまん」
「そん時も散々言われたっけなぁ」
「……すまん」
「俺は別に何言われようが構へんのやけど。でも、司令塔は坊やろ?俺の失敗は坊の失敗にも繋がる」
「…お前は失敗なんざしてへん。全部俺の判断ミスや」
「そうやなぁ」
「……」
「なん?フォローなんてせぇへんよ。実際坊のミスやもん」
「…その通りや」
「で、言われるわけやん?『幼馴染可愛さに明陀を滅ぼす気やぞ、あの新米座主は』って」
「……」
「実際、何も言い返せへん状況なん。わかっとる?」
「……」
「で、本題や」


いっそ腹を切るとも言い出しかねない落ち込み具合だ。だが、ここからが本題とばかりに廉造は気合をいれた。

「俺は明陀抜けようかと思う」
「ッなんでや!!」
「…俺は俺を上手く使ってくれる人の下で働く」
「な、なん…そんな…あかん、あかん志摩」
「なぁ坊。俺は何の為に祓魔塾に通って資格取ったん?何の為にちっちゃい頃からオトンや兄貴の扱きに耐えてきたん?俺が求められとるんは坊の傍でにこにこ笑っとること?それだけ?それやったら俺は別に騎士の資格を取る必要はなかったん?」
「ちゃう…ちゃう、志摩…そんなつもり…」

只管「ちがう」と「あかん」を繰り返す勝呂を優しく撫でる。廉造だって勝呂以外の人間の下で働きたいなどこれっぽっちも思っちゃいない。だが、このままでいいはずもない。自分の力が発揮できないことに不満も感じるし、勝呂がそこらの人間に悪く言われることだって面白くない。それに、

「なぁ坊。俺だって坊の下で働きたい。坊の傍にいたい」
「せやったら」
「なら、甘やかさんで。俺の力をちゃんと信じて。俺を上手く使って」

優しく優しく囁けば、勝呂は泣きそうな顔で頷いた。きっと今彼の心の内では自責の念と務めの義務感と俺への情とが荒れ狂っていることだろう。

(…この表情がいっとう好き)

それに、廉造は勝呂が思い悩む姿が好きだ。
己のミスで廉造が悪く言われる事の罪悪感。自分の指示ひとつで命が多く消えることへの恐怖。そんな死地へ恋人を送り出さねばならぬ苦悩。そうして情と明陀のせめぎ合いに煩悶とする様が、廉造はたまらなく愛おしい。

「なぁ、坊。坊のためやったら俺はどんな仕事でも構へんの。その分いっぱい悩んで、頭痛ぁなるくらい俺のこと考えてくれるんやったら、俺はどんなキツイ仕事でも、ちゃぁんと生きて帰ってこれます」
「…ホンマか」
「ホンマ。やから坊はずっとずっと俺のこと考えてや?」
「そんなん…端からお前のことしか考えてへんわ」
「それは座主としてどうなん!」

けらけら笑いながら愛おしい体を抱きしめた。触れた部分から勝呂の苦悩が伝わってきて、志摩はいっそう抱きしめる腕に力を込めた。


(…いっぱい悩んで、苦しんでな?)

それが俺のご馳走やから。


鋭すぎる八重歯を隠して妖しく笑う恋人に、勝呂は気付かない。

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