01/03の日記

02:55
新年早々暗いったら
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廉造は呪われている。

ぺたんと、どす黒く染まった地面に座り込みながら、廉造は目の前に転がる身体をゆるく揺すった。ぴくりともしない。
(…何度目やろうか)
はぁ、と白い息を吐き出してふるりと身体を震わせた。何せ頭の先からずぶ濡れである。手をこすり合わせたらにちゃにちゃとべたついて、酷く不快だ。
(あと、何人死ぬんやろう)
廉造に覆いかぶさるように倒れている男は既に事切れていた。

「俺はあと何人殺すんやろう…」

誰も居ない真夜中の公園で、男の返り血に塗れながら廉造はほろりと涙を零した。



始まりは、そう、きっと廉造が産まれてすぐに起きた忌まわしき事件『青い夜』からだ。
その時、産まれて間もない廉造を守る為に、志摩の長兄がその若い命を散らした。幼い頃からよくよく聞かされたものだ、「矛造はお前を守る為に死んだのだ、お前は矛造の命の上に立っているのだ」と。
そうして数年後。廉造が小学生に上がる頃に、廉造は魔障を受けた。おそらく中級以上の悪魔で、初めて見る悪魔に廉造は怯えた。完全に腰が抜けて、廉造は見ていることしかできなかった。悪魔が襲い掛かってくるのを。そして、廉造を助けようと見知らぬ祓魔師が間に入って、その身体を鋭い爪で貫かれる様を。
結果、見知らぬ祓魔師は志摩を守って死に、廉造は矛兄に加えてまたひとつの命を背負った。

魔障を受けたせいか、それとも見えるが故にそう思うのか、廉造はよくよく悪魔に狙われた。学校で学年があがる度に何度か教師が家庭訪問に来るくらいには。何せ廉造の身体には悪魔につけられた傷がいたるところにあり、虐待されていると勘違いされても仕方ないような有様だった。一応家族から魔除けの数珠やお守りを山ほど持たされてはいるのだが、一週間も保たず、それらは粉々に砕け散ってしまうのだ。

「思うに、廉造くんは特別なんやろうねぇ。たまぁにね、おるんよ。普通の人と変わらんのやけど、悪魔から見れば特上霜降り和牛みたいな魂の持ち主が」
喰うたら悪魔の力が増すらしい。そう教えてくれたのは父の部下で、家にもよく訪れていた顔見知りの祓魔師だ。彼も、廉造を守って死んだ。廉造が12の時だ。
廉造がそこにいるだけで、人は死んだ。それも優しい人から死んでいく。何せ特に目立つところもない、志摩の末っ子を助けようと言うのだ、皆良い人ばかりで、それゆえに廉造は苦しい。苦しくて苦しくて死にたくなるのだが、それでも奪った命の重さゆえに自殺もできやしない。こんな命でも、あの人たちが命を捨ててまで守ったものだ。自殺などしては彼らの冒涜に他ならない。

(苦しい…)

「志摩、帰るで…大丈夫か?顔色ようない」
「志摩さん、具合わるいん?」
「ぼん、こねこさん」

廉造の唯一安らげる場所、それが勝呂と三輪の傍だった。
彼らと居たら、誰も廉造を優先しない。誰も廉造を守らない。その事が廉造の心を落ち着かせる。
それに、仮に悪魔に襲われたとして、廉造はとてもいい囮になることだろう。悪魔が自分の魂に舌鼓を打っている間、勝呂たちは大人に保護してもらい、安全な場所に避難できる。自分のちっぽけな命に見出した唯一の有用性だ。

「なんでもあらへんよ。おとんからもろた数珠、壊してしもて」
「志摩さん、また数珠こわしはったの」
「おとんに叱られるわー」
「っちゅうか、なんで数珠がそんな頻繁に壊れるんや。扱いが雑なんやろ」
「普通に持っとるだけなんやけどなぁ…」
「お前の普通は普通ちゃうねん」
「そうなんかなぁ」

にこにこ笑いながら、ちらりと窓の外を見た。ゆらゆら黒いものが遠くに見える。もう嗅ぎつけたのか、鼻の良い事だ。

「坊、子猫さん。悪いんやけど今日は寄らなアカンところあるさかい、先に帰っといてや」
「なんや、職員室か?お前なんかしたんか」
「志摩さん一人で大丈夫です?付いていきましょうか?」
「…ありがとぉ。でも一人で大丈夫や、二人は先に帰っといてな」
「おん、わかったわ」
「ほんなら、志摩さんまた明日」
「おん、また明日!」

二人が帰路につくのを見送って、廉造は駆け出した。黒いもやは段々近く大きくなっている。いつもより遥かに速い。そして、多い。
二人が行く道とは違う道を選んで駆ける。万が一にも二人に災いが及ばないように。振り向けばたくさんの悪魔が廉造へと手を伸ばしていた。

「鬼さんこちら、手のなるほうへ!」

足を止めずに叫ぶ。そうしてついでにバラバラになった魔除けの数珠を背後に投げ捨てた。大した効果はないだろうが、牽制くらいにはなるだろう。それでも、つかまるのは時間の問題か。
もし、これで悪魔に食われて死んでしまっても構わない。坊を守る為に働いて死んだ、そんな理由なら、あの人たちも納得してくれるような気がしたから。

そうして、長い鬼ごっこの末に辺りは薄暗くなり、どことも知れぬ公園でついに廉造は囲まれた。
たくさんの悪魔が廉造を囲んでにじり寄ってくる。それにしても、悪魔たちの進みはとても緩慢だ。廉造のどこそこを誰が食べるかで揉めているのだろうか。
この世に未練などほとんどない廉造は黙ってしゃがみ込んで目を瞑った。痛いのは嫌いなのでぱぱっと終わらせて欲しいなぁと思いながら。

「危ない!!」

だから、廉造は願ってなんかなかった。頼んでなんかなかった。助けてなんて、一言も、これっぽっちも。
祓魔師のコートを翻した若い男が目の前に躍り出た瞬間の廉造の絶望が、悲哀が、恐怖が、その場の悪魔を沸き立たせた。




携帯電話が鳴っている。ぼんやりしながらボタンを押せば、父親の怒鳴り声が静かな公園に響いた。曰く、何時だと思っているのか。夕食抜きを覚悟して迅速に戻ってくるように、とのこと。
廉造は血で固まってしまった手をぎこちなく動かしながら、今の状況を伝えた。やたら冷静な自分が不思議だ。慣れてしまったのかもしれない。
連絡を終えて、自分を守って死んだ男に手を合わせた。明陀の僧衣でなく祓魔師のコートだったから、余所の土地からたまたま来た人だったのかもしれない。だが、どうでもいいことだ。肝心なのは、彼が廉造を守って死んだその事実だけ。

「…また、怪我増えてしもた。坊に気付かれへんとええんやけど…」

廉造は今年で15になる。たくさんの命を奪い、呪われたわが身を憂いながらのうのうと生きている。
早く坊と子猫丸の傍に行きたかった。
彼らの身を守って死ねる日が一日でも早く来ることを、廉造は願ってやまない。

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