12/23の日記
13:00
わかりにくく怒る志摩
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「俺かて怒るときは怒りますえ?」
まるで怒りの感情などこれっぽっちも見せずに、困ったようにやんわり笑いながら言うものだから、勝呂はてっきり志摩のいつもの軽口だと思ってしまった。
「ふん、お前に怒られた所で怖いことあらへん。それに俺は間違うたことしてへん」
これは勝呂のミスだ、それも致命的な。何が怖くない、だ。知っていたはずなのに
「へぇ、そう」
志摩は、怒るとなによりも、怖い。
「そりゃお前、間違ってるよ」
「なんでや」
むっつりと威嚇する勝呂に燐は肩を竦めた。勝呂の左手はギプスで固められて吊ってある。折れてはいないらしいがヒビが入ったのだとか。包帯の目に痛いほどの白さを視界の外に追いやって、燐は溜息を吐いた。
「せやかて子供が車に轢かれそうになっとってんぞ、放っとけ言うんか」
「言わねぇよ。そりゃあ助けに行くのは正しいけどよ」
ちらりと包帯を見て、燐は志摩の心情を慮った。
「でも、それでお前が死んじまったら意味ねぇじゃん」
ぐぅっと勝呂の眉間に皺が寄った。元々よろしくない人相がすっかり凶悪犯の面構えだ。
「生きとる」
「でも危なかったんだろ?一歩遅かったらお前が轢かれてたって聞いた」
「…左腕がかすっただけや」
「無傷じゃない時点で言い訳にもなんねぇよ」
勝呂は途方に暮れたように燐を見るが、そんな目で見られても困る。だって燐だって所詮同じ穴の狢、きっと勝呂と同じように飛び出して同じように危険な目に合うのだろう。そうして同じように弟に怒られるのだ。ありありと想像できて、燐は己の想像力の豊かさを悔いた。
「とにかくさ、志摩に謝ってこいよ。心配かけて悪かったって」
こんな時、意地を張ったところで何も得るものなどないことを燐はよく知っていた。それはもう、身をもって。
「謝る、言うたかてなぁ…」
確かに、勝呂の怪我を心配して怒ってくれた二人に対して、若干の気まずさから謝るでもなく言い訳めいた言葉を口にしてしまったのは男らしくなかった。勝呂とて己の非はきちんと認めているので謝罪することは吝かではないのだ。
心配をかけてすまなかった。同じ事を繰り返さない自信はないが、せめて怪我の養生に専念するのでそれで勘弁してくれまいか、と。
子猫丸にはそう言った。彼は「ホンマ、坊はしゃあないなぁ」と苦笑と共に謝罪を受け入れてくれた。けれど、問題は志摩だ。
柔らかな笑みで怒りを伝えてきたあの日から、志摩は一度も勝呂に会いに来ない。
結局、志摩は一度も勝呂の見舞いに来ることなく、会えたのは勝呂が授業に復帰できるようになってからだった。ギプスはまだ取れず腕は吊ったままであったが、幸いにも利き腕ではなかったのでノートを取る分に支障はない。
ともあれ、数日振りに見る志摩の顔はいつもと何ら変わりなく、へらへらとしまりない顔で手まで振ってくる始末。無意識に気負っていた勝呂は肩すかしをくらい、大きく溜息を吐いた。早くもこいつに謝罪する必要があるのかわからなくなってくる。
「坊、ご無沙汰ですー。怪我の調子もええようで」
「なんや、見舞いにもロクに来んかったくせに」
「そらそうや。喧嘩中の人に会いに行ったりせぇへんよ。俺はまだ許してまへんえ?」
ぱちりと瞬いた。志摩はいつものように笑っているのに、怒っているという。許していないという。そうして勝呂と喧嘩中であるという。そのちぐはぐさに、思わず口を開けた。何か言おうと思うが何を言っていいかわからなかったのだ。
そうこうしている内に教師が教室に入ってきたので、しぶしぶ勝呂は席についた。と、その拍子に消しゴムが机から落ちてしまった。心の内で舌を打つ。かがんで消しゴムを取る動作はなんてことないが、今は吊った腕が邪魔で、屈むことすら酷く億劫だ。
消しゴムは志摩の席近くまで転がっていたので、幸いと勝呂は志摩に声をかけた。
「志摩、志摩。すまんけど消しゴムとってくれんか」
志摩はちらりとこちらと消しゴムを交互に見やり、
「甘えんとご自分でお取りやす」
そう言ってそっぽを向いてしまった。
…なんやそれ。なんっやソレ!!
その瞬間、勝呂の頭からは謝る、という言葉はすっかりぽんと抜け落ちた。
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