小説(忍たま)

□毒香る
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いつからこんな仕事をするようになったのか覚えていない。過去のことを思い返せば一面に広がる赤い炎。ただそれだけだ。
嗚呼、赤い。

「うわぁっ火が!櫓(やぐら)に火が!!」
「何が起きている!?門守はどうした!!」
「か、返り忠か!?誰が…!」

あちらこちらに上がる火の手、誰もが我が身を守ろうと必死だ。状況が掴めるまでは誰もここへは来ないだろう。
白目を剥いた男をまたぎ、土井はおもむろに頭巾を取り出して口と鼻を覆った。さっき焚いた薬がそろそろまわる頃だ。踵を返せば片足が引っ張られた。見やればさっきの男が喘ぎながらも土井の足に縋っている。頚の椎を突いて、その上痺れ薬も回っているだろうに、城に仇成す曲者を討ち取らんとするその心意気だけは立派なものだ。さすがは人の上に立つ者、意地がある。

「だが、力が伴わねば全ては犬死にだ」

思わず声に出してしまった呟きは、口を覆った布でくぐもった音にしかならなかった。
だらりと力の抜けた手を蹴り飛ばし、土井は広い室内を見る。足元には男、この城の主が震えている。隅の座の間には、女。城主の奥か妾か。どちらでもいいことだ。

「お、お慈悲を――」



城の最奥部に炎が踊る。そこには城主と奥方の首が並んでいるばかり。





土井には家族も親類縁者の類もいない。すべて炎に飲まれてしまった。
土井を見つけたのはある忍びの里の者だ。その時のことは覚えていないが、本人が言うには子供ながらに確かな殺気を持って剣を向けてきたという。その場で首を落とされても仕方の無い愚行ではあったが、共にいた組頭が興味本位で持ち帰ったのだ、と。
それが土井の知る土井の全てだ。何せ、父母の思い出を語るには土井は幼すぎた。10を数えぬうちに忍びとして人を殺す術を習っていたのだから、それ以前の記憶などすべて血反吐と一緒に流れてしまったのだろう。
土井の拾われた里は、城郭崩しを主な仕事とするような攻撃的な忍びの集落であった。当然抜ける者も少なくはなく、常時過疎化のこの里に土井は喜んで迎え入れられたのであった。


「土井」
「百々地、どうした」

その場には誰も居はしなかったが、土井が百々地と呼んだ途端に木の葉に隠れて男が現れる。焦げた色の髪を適当にひっつめ、薄汚れた衣を纏った姿はいかにもな荒くれ者ではあるが、その身には一部の隙もない。その雰囲気から、確かにその者は土井と同職の人間ではあろう。
体躯は土井よりも遥かに逞しい。というより、むしろ土井が特別華奢なのか。百々地と呼ばれた男は鋭い三白眼をいっそう鋭く細めて、鼻を覆った。

「くせぇ。忍務帰りか」
「ああ。いつもの通り、火薬を使ったからな」
「それだけじゃねぇだろう。獣が近寄らねぇはずだ、そんな毒粉撒き散らされちゃあ堪ったもんじゃねぇ」
「そんなに臭うか?」
土井が腕を持ち上げ臭いを嗅ごうとすれば、即座に跳ね除けられた。
「馬鹿野郎が!自分から毒粉吸う奴がいるか!」
「あぁ、それもそうだなぁ」
やたらのんびりと応える土井に百々地はがっくりと肩を落とした。いつだって土井のペースには敵わない。
「もういい、さっさと毒払って組頭の所へ行け。組頭がお前を呼んでるんだ」
「頭が?」
「急げよ」
言うだけ言ってさっさと消えてしまう百々地は間違いなく忍ぶ者だった。すでに気配は遠い。
やれやれと頭を振り、土井は湯浴みに向かった。とりあえずはこの火薬と毒の臭いを何とかせねばなるまい。




「土井、戻りました」
「半助か。入れ」
するりと音を立てずに座敷に降り立てば、あごひげを蓄え眼帯を巻いた男と、傍らには二十半ば、狐を思わせる目つきの男が座っていた。
この眼帯の男こそがこの里の組頭、朔月重元であり、傍らに控えるはその息子にして、土井を拾った張本人、朔月重武である。
「此度、忍務ご苦労じゃったな。一応増援を予定しておったが必要なかったと見える」
「いえ」
「謙遜するな、半助。今回たった一人で城を落としたそうじゃないか。それもごくごく短い間に。伝令の者が興奮していた」
「…些か、大げさすぎる伝令のようです。して、用向きとは何でしょう」
ひたすら恐縮するのにも飽いて、土井は単刀直入に尋ねた。それで朔月両人の顔が引き締まる。
「……半助、お前も今年で15か」
「数え年ですと、そうなります」
「お前が来て6年は経ったか、よくもここまで耐えたものだ」
「重元様、重武様の御厚意があればこそで」
「はは!どの口がそのような殊勝なことを申すか!なまくら刀で私に斬りかかって来たこと、この重武は未だ忘れてはおらんぞ!」
「はぁ…」
土井はうんざりして気付かれぬよう溜息を吐いた。なんせこの親子、昔話が大の好物なのだ。こちらとしてはさっさと用向きだけ聞いておさらばしたいのだが、これが始まると長い。朔月家には拾っていただいたご恩はあれどもそれはそれ。また、土井自身が忘れているような恥ずかしいことをさも昨日のことのようにとっくり話してくるのだから堪らない。
「半助よ、お前もいつの間にやら一人前の忍者となった。昔はとんでもないみそっかすだった者が、今ではどうだ。特に毒や火薬の扱いでお前の右に出るものはおらんだろう」
「誉めすぎです、組頭。それよりも用向きの方を」
「む……」
さんざ自分の味噌っかす時代を語られ、土井もそろそろ耐え切れずにすっぱりと組頭に用向きのことを話すよう催促する。重武が声を殺して笑っているが知ったものか。
「ふむ、何…お前にも情報は行っていよう。最近造られたと噂の、忍術学園とやらの事だ」
「ああ、何でも忍者を育成するための学校だとか」
「そこでな、その忍術学園へ潜り込んでもらいたい」
「…その学校に編入しろということですか」
「そうだ。何せその学校は十から十六までの年齢制限があるのでな。今のところ使える人員は半助、お前しかおらん」
「……百々地は」
「あ奴は十七よ。それにあの顔は悪目立ちすぎる。向かんじゃろうて」
確かに、と忍び笑いながらも土井は頭を垂れて礼をとる。
「土井半助、忍術学園への潜入捜査、承りまして御座います」
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