小説(青エク)

□鬼志摩パロ
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魍魎蔓延る京の都、百鬼夜行が跋扈するこの時代にはさして珍しくもない噂。京都を囲む山々の一角に人喰い鬼の住処があるという。
これはそんな人喰い鬼の小噺である。

「鬼がでた。鬼がでた」
「金の髪を振り乱して人を丸呑みにしてしまうとか」
「黒い闇のような鬼が子供を浚ってしまうという噂ぞ、山には近寄るな」
「どうも最近、近隣の村の女が消えるという」
「それも鬼の仕業に違いない。恐ろしや恐ろしや」

町はどこもこんな噂で持ちきりだ。茶屋に腰掛けていた男が重い息を吐いた。
(祓っても祓ってもキリがないわ…)
この男、今は変哲もない旅装をしているが、実体は勝呂竜士という祓い屋である。勝呂という名の在る寺に生まれた彼だが、独学で五行陰陽道を習得し、修行と銘打って京を巡り魔を祓って路銀を得ている内に名が売れ、今やお上に直々に目通し叶う程には有名な祓い屋と相成った。既に寺を継いで座主という地位に立っている今でさえも、祓魔の依頼は絶えず飛び込み、時には勝呂直々に依頼地に赴くことも少なくない。

「さすがにこう立て続けやとしんどいわ…」
『大丈夫ですか、坊』
式神の子猫丸が心配気に懐をくすぐるのを、大丈夫だと押さえて茶を啜る。
(あー茶がうまい…)
「ホンマここのお茶はおいしいわぁ!看板娘も噂違わぬ別嬪さんやし!そら繁盛するわな!」
背後で突如聞こえた明るい声に、自分の思考と重なったこともあって勝呂はぱちりと瞬いて振り向いた。そこにはひょろりとした痩身の男が座って団子を頬張っている。珍しくも男は髷を結っておらず(僧のくせに剃髪していない自分も人のことは言えないが)、さっぱりとした短髪を揺らして看板娘にしきりに話しかけている。
「もう、いやどすわぁ。志摩はん口がお上手なんやから」
「嘘やないで?えらい別嬪な姫さんがおるわーってこの店選んだんや、したらお茶も団子も美味しいしなぁ。えらい儲けもんや。あ、兄さんこれから注文?ここの団子は絶品やで!」
急に話しかけられて思わずしどろもどろになってしまった。茶屋の娘は頬を赤らめてころころ笑っている。
「…なら、団子ひとつもらおか」
「おおきにー」
男に勧められるがままに頼んだ団子は、確かにとても美味かった。



「あれ、兄さん昨日の人や」
あれから一件魔を祓い、翌日同じ茶屋で再び男に出会った。確か志摩と呼ばれていた男は、今日は羊羹片手に茶屋の娘に粉をかけている。娘も満更ではないようで、ゆくゆくは恋仲になるのだろうかとぼんやり思った。
「ここの甘味は美味いもんなぁ。この羊羹もえらい美味いで!」
「ふふ、志摩はんが通ってくれるようになってからお店の売り上げが増えて、大助かりやわぁ。また来ておくれやっしゃ」
然もありなん、と勝呂は内心で頷いた。この男は本当に人の心を掴むのが上手い。そうして勝呂は羊羹を注文した。やはり、美味かった。

幾日か、勝呂はそこに留まった。そうして茶店にも幾度か足を運んだ。その間に勝呂は茶屋の甘味を着々と制覇しつつあり、志摩という男と茶屋の娘は公認の仲となっていた。
恋しているのだなと一目で分かるほど茶屋の娘が志摩を見る目はとろけるようで、志摩は垂れ気味の目を細めて嬉しそうに娘を見つめていた。

しかし、その二日後に茶屋の娘は忽然と消えてしまった。
「鬼に食われたんだ」
「娘ばかりを喰う鬼がいるという。そいつにやられたんだろう」
娘が消えたと同時に志摩も店に現れなくなった。今も娘を探しているのだ、鬼の元に向かったのだろうと店では壮大な物語が形成されつつある。
(…なんや、味落ちたわ)
勝呂は茶だけ飲んで立ち上がる。甘味は頼まなかった、何を頼んで良いかわからなかったからだ。

宿に戻る帰り道、志摩に会った。店から大分離れた地であったので、もしや鬼の元に行こうとしているのかとひやりとしたが、志摩は人の気も知らずにへらりと笑って手を上げた。
「なんや、こんな所でも会うやなんて縁があるんやねぇ」
「…お前のこと、店でえらい噂になっとったで。鬼の元へ娘助けに行ったんやて」
「ええ?鬼さんの所なんて怖くてよう近付かんわ」

へらへらと笑う志摩に知らず眉間に皺が寄る。娘が心配ではないのだろうか、愛した女性が急に失踪したというのに、何故笑っていられるのか。これでは娘も口惜しかろう。
そんな勝呂の思考を察したのか、志摩は苦笑して話し出した。最期に娘と会ったのは自分なのだという。

「あの子な、嬉しそうやった。最後に口を吸うたん、嬉しそうに幸せそうに笑って。おらんくなるんは悲しいけど、最期の思い出が幸せそうな顔やったから、俺はそれでええねん。それだけで嬉しい」

それはどういう意味だ。悲しみを紛らわせているだけだろうかと思い、志摩の表情を盗み見る。
背筋が凍った。
そこには、満足そうに舌なめずりをする、猛獣の目をした男がいた。
(鬼や――!)
一瞬でその目は人のよさそうな笑みに変わり、にっこりと勝呂を見て首を傾げた。
「兄さんも、気ぃつけ?ここは女ばかりが鬼に狙われるとは限らんで」
言葉が出なかった。体も動かなかった。勝呂は日が暮れるまでそこに立ち尽くしていた。ずっと、ずっと。
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