小説(青エク)

□n番煎じネタ
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最初はただの偶然だった。

坊と子猫さんとで鬼ごっこをしている真っ最中だ、突然俺の額が割れたのは。
溢れる鮮血と襲い来る激痛とでパニックになる俺の目に映る光景は一瞬前とはまるで違うもの。黒い虫のようなものがただよい、怖気がした。
そして一際大きく禍々しい黒い物体。
(あれは良くないものだ)
子供ながらに本能で悟った俺は、坊と子猫さんを急かして一目散に逃げた。早くアレから逃れたかったから。


父はそんな俺を褒めた。

俺たちの状態に青ざめ、一頻り心配した後に、俺の頭に大きな手を置いて
「坊と子猫丸を守ったんか、ようやった!それでこそ志摩の男や!」
そういって笑うものだから、未だ痛む額の傷など忘れて頷いた。

子供なんて単純なものだ。
柔兄や金兄ですら「よくやった」と撫でてくれ、母や姉たちは額の傷を優しく撫でてくれた。痛みなど忘れて、ただ嬉しかった。

魔障を受けた俺は、それから坊や子猫さんを守るために傍にいるようになった。誰よりも近く坊の傍に居て、いざという時の盾になるために。そうすれば家族が褒めてくれると分かっていたからだ。我ながら健気な子供だと思う。それだけ家族が大好きだった。



「しっ志摩ぁ!!」
「志摩さん!?」
「あかん…ッはよ逃げてください!俺じゃもたへん!」

いくら騎士團支部が近くにあり、強力な悪魔避けが施されていると言えど、悪魔は何にでも憑依して、どこにでも現れる。
犬のような形の悪魔が襲ってきたのは、幸いにも出張所の目と鼻の先だった。
なんとか坊と子猫丸を悪魔避けの施された敷居の中に逃げ込ませたら、坊たちの安全が図れる。ついでに救援も呼んでくれるかもしれない。
だから、悪魔に自分の腕噛まして動きを押さえつけ、「逃げろ」と言った。
最良の選択だったはずだ。

「何言うとるんや!血がそない…でとんのに…!」
「俺のことはええ!悪魔がおるんや、坊らは見えへんやろ!はよお父か柔兄を…」
「あ、悪魔がそこにおるんか…!?せやったら俺も」
「はよ逃げ言うとるやろが!!子猫さん!!」

もう腕に感覚がない。坊では埒があかないと子猫丸に呼びかければ、こちらは幾ばくか冷静だったようで、すぐに坊を引っ張って寺のほうに走り出した。

「子猫丸っ志摩を置いていくんか!?」
「僕らが残っても何もでけへん!それより一刻もはよう和尚をよばなあきません!」
「お、おう…」

ようやく二人とも全力で走り出したので、ほっとして僅かに力が緩んだんだろう。悪魔は後ろ足で廉造を蹴飛ばし、その勢いで逃げ行く獲物を追った。その脚力は人間の子供よりはるかに速い。

(あかん!!)

叫んで注意を促しても無駄だ、もう間に合わない。

「ぼ…」
「往生せい!!」

断末魔だけを残して悪魔は消え、そこに居たのは志摩の次兄、志摩柔造だった。

「柔造!!」
「坊、どっこも怪我はしてませんか!?子猫も!」
「僕らより志摩さんを!酷い怪我なんです!」
「廉造!?」

悪魔に蹴られた衝撃で壁に叩きつけられた廉造は、体がバラバラになりそうな激痛を感じていたが、それよりも衝撃だったのが柔造の腕だった。
怪我を、していた。

「じゅ、…に」
「廉造!大事ないか!?意識はあるな!よう頑張った、そのまま我慢するんやで!」
「うで…怪我して…」
「何を…お前のが大怪我やろ!」
「……」
「お前とおんなじや。坊と子猫守ったんやろ?名誉の負傷やな。ええから目ぇ閉じとき、すぐ医者ん所連れてったるさかい」
「……おん」

よう頑張った、と柔兄は頭を撫でてくれたけれど、廉造はそれどころではなかった。
あの強い柔兄が怪我をした。小さな傷とはいえ、柔兄にとってあの悪魔はそんな梃子摺るものではなかったはずだ。
(坊を守るために、柔兄が怪我した…)
あのレベルの悪魔でこれなら、もっともっと強い悪魔だったらどうなっていただろうか。それを思うだけで、廉造は恐怖に震えた。

「なんや?もう安心やで。兄ちゃんが怖いの倒したったからなー」

(お父も、坊を守るために怪我するんやろうか…)

腕は疼くように痛むけれど、それ以上に胸が苦しかった。
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