小説(青エク)

□愛に溺れる
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志摩柔造には家族にも言えぬ秘密がある。

「柔兄…なぁ、柔兄」
「なん…廉造。また怖い夢でも見たんか?」
「っそう!夢に虫さんが出てん!一緒に寝てもええ?」
「………ええで」

年の離れた弟が眠れぬ夜に自分の部屋に来るのはよくあることだった。ふにゃりと眉を下げて枕を抱きしめる姿はとても可愛い。
10も離れてるせいか、柔造はこの末の弟が殊更可愛かった。小さな頃からこつこつと構い、甘やかしてきた結果、廉造はこういう時父ではなく柔造を頼るようになった。
柔造はゆっくり手招きすれば弟は何の穢れもない笑みを浮かべてこちらに駆け寄る。何も知らない弟が不憫だった。

「じゃあ眠れるように、内緒のおまじないしたろ」
「おん!」
「ええか、内緒やで?誰にも言ったらアカンし、誰ともしてもアカン。ええな?」
「わかっとる!」
「ふふ、」

ゆっくり幼子のやわい唇を食む。びくりびくりと震えながらも必死に縋り付いてくる体がいじましくて可愛らしい。もっと深く口を探れば、きゅうと小さな手に力が篭もった。
家族にも内緒のまじない。そう、正しく呪い(まじない)だ。きっと弟は怖い夢なんて見ていない。

「っふ、ぅ」
「どや?ねむなったか?」
「んんぅ…わからん。柔兄もっかい」

無垢なままに強請る弟が可哀想でとても可愛い。はふはふと息を乱しながら、瞳を潤ませながら、「じゅうにい」と舌っ足らずにねだるのだ。ああ、たまらない!

「柔兄ぃ、痛い」
「お、強く握りすぎたな。悪い」
「ん」

柔兄は力持ちさんやねぇ、と笑う子供はとても可愛い。どこまでも味わいつくしたいと切望しながらもやわやわと唇を食む。
弟は何の疑いも持たない。

(これは、罪や)

廉造をまともな思考で見られなくなったのはいつからだろうか。かつてふくふくとした小さな手を握り、この柔らかな生き物を守るのだと誓った純真な少年はいつしか自身の中にある弟への愛情で溺れて死んでしまった。今はもう愛に溺れた醜い溺死体があるのみだ。浅ましい欲に身を焦がして弟を貪る夢を一体幾度見たことだろう、いっそ本当に焦がれて死んでしまえたらいいとすら思う。そうすれば弟の中で、俺は正しく良い兄のままいられるのに。

「ん、もう寝ぇ。兄ちゃんがついとるで怖い夢も見んやろ」
「おん!」

それでも、最後の一線は守っているのは、俺が廉造にとって良い兄でいたいからだ。
愛おしくて狂おしくて、どうしようもないほど焦がれていながら、自分は廉造の兄なのだ。

その、最後の防波堤が崩れたのは廉像が十二歳の頃だった。




廉造が暴行を受けた。
八百造がいつにも増して厳しい顔で告げた。

「…喧嘩か?相手はどこの奴や。ボッコボコにしたる」
「ちゃう。よう聞き、柔造。今日の任務にはな、悪魔落ちした祓魔師…身内相手のものやった」
「何なんお父、任務と廉造と何の関係が」
「現場では廉造が複数の男に犯されとった」
「――――ッ!!!!」

視界が真っ赤に染まって思考が真っ黒に塗りつぶされた。

「今は錯乱が激しい。離れで医工騎士に見せとるけど、どうも心を深く傷つけられたみたいでなぁ…」
「どういう、ことやの」
「…今はあまり近寄らん方がええかもしれん」

こんなにも憔悴しきった父の姿を柔造は初めて見た。一体何を見たというのだ、廉造は一体どうなってるというのだ。耐え切れず、柔造は離れに向かった。八百造は止めず、ただため息を吐いて顔を覆った。

「……廉造…ッ」




母屋から少し離れたところにぽつんと建っている離れは普段あまり使われることはない。真っ暗な部屋に行灯の明かりだけが仄かに揺らめいている。
離れには布団に寝かされた廉造と、父の部下の一人である医工騎士が座っていた。どうやらこの人が父と共に任務に向かったのだろう。口の堅い人だから、これが噂になって廉造を傷つけることもないだろうとそっと息を吐く。

「少し前に鎮静剤を打ちました。だいぶ酷いことをされたようです。幸い、内臓の方に傷はありませんでしたが、酷く殴られたり蹴られたりしたんでしょう。…どこもかしこも傷だらけや」
「……犯人は」
「…所長から言わはるやろうけど、今回の相手は悪魔落ちした祓魔師でした。そいつが普通の人に悪魔憑依させて廉造くんを襲わせたらしいですわ。…悪魔落ちした奴は所長が祓ったさかい、もう」
「憑かれとった奴は」
「…悪魔を祓ってそんまま放置や。今回の事件は表沙汰にしとうないて所長が言わはって…どうもできん」

無言で廉造の顔を見つめる。青白い顔に残る痣が痛々しい。布団でわからないが、その細い体には無数の痣や裂傷擦過傷があるんだろう。
(そうして抵抗する廉造を押さえつけて無理やり抱いたのか。俺よりも先に、どこぞの男が。)
腹の底が熱くなって、一気に冷えた。今、自分は一体何を考えた?
と、廉造の瞼が震える。

「廉造!起きたか、大丈夫か?どっこも痛ないか?」

伸ばした手は弟に届く前に本人によって払われた。え、と驚いて顔を見れば酷く怯えた表情をしている。

「どうした?怖ないで、柔造や。兄ちゃんやで、わかるか?」

できるだけ優しく言ったつもりだったが、廉造の口から出たのは悲鳴だった。
いやだやめてやめてこないでさわらないで殴らないでひどいことしないでやめてやめてたすけてあああああああああああああ!!!!
呆然とする俺を押し退けて、医工騎士が嫌がって暴れる廉造に鎮静剤を注射する。廉造は泣いて暴れた。
「たすけて、たすけて、たすけて!!」
虚空に手を伸ばす廉造は一体誰に助けを求めているんだろうか。
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