tactics

□お遊び
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――人間には色んな顔があるって君への忠告だよ。余計な事を言ってくれたな、と思った。

少し前から春華は散歩に出かけている。原稿も思いの他進まなくて気分転換も
兼ねて
「インク無くなったから、ちょっと買ってくるよ。」ヨーコちゃんにそう言い
置いて僕は家を出た。通りを歩いているとふと前方に軍服の集団の姿が見えた。小さく舌打ちして
僕は踵を返すと、人々の
ざわめきから逃れる様に
裏通りへと入る。
帝都とはいえ下町だけ
あって一本奥に入ると
整備されていない路は狭くまるで迷路の様に入り組んでいる。
僕は一息付くと袂から煙草を取り出して、慣れた路を歩き始めた。
すると、半歩も行かぬうちに行く手に現れた黒い人影「歩き煙草とは、良くありませんね。」
僕は自分でも解るくらい
眉間に皺を寄せて、
その声の主を見遣る。

「…驚いた」僕が見たままの感想を述べると「全然そんな感じしないよ」源は
薄く笑って肩を竦める。
僕はと言えば、今はそんな問答をする気分では無かったので「…そう」とだけ短く答えて、源のすぐ傍を
通り過ぎようとした。
しかし案の定と言うか、
伸びてきた腕によってあえなく行く手を阻まれ
「…何?」予想通りの状況に、半ばうんざりしながら僕は煙管を咥えたまま
怠惰な視線を向ける。
源は口の端を歪めて面白そうに僕を見下ろしながら
言った。「折角逢えたのにつれないな〜、一ノ宮センセ」

くだらない事をして面白がる節がコイツには見受けられる。

僕の退路を断つ様に壁に
両手をついて僕を見下ろす源に、僕は再び
「何か用か、」と訊ねる。
こんなにも不機嫌を前面に出して居るというのに
「用がなきゃ僕は先生に
会っちゃいけないワケ?」源は芝居がかった口調でそう続けた。
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