「愛してる、」

「……へ?」

「『愛してる』って言って欲しいか?」


何なんだろう。この人は急に。酒の飲み過ぎで頭までやられてしまったのだろうか。滅多にというかほとんどお目にかかることのないだろう甘い言葉を狐面の口から聞きながらも、ふとそんなことを考えた。
 ポカンとして返事を返さなかったからだろうか、面越しでも彼の眉が不機嫌そうにしかめられたのがわかった。

「……何だその顔は」

「いえ、純粋に驚いてるだけです」


そう言えば、更に不機嫌そうになる、空気。


「言ってほしくないのか」

「そういう問題じゃなくて……急にどうしたんですか、狐さん」

「『急にどうしたんですか、狐さん』か。フン。お前が今手に持っている、それだ」


そう言われて見る手元、表紙がピンクな単行本。表題に踊る“恋”の文字……つまり、恋愛小説。それもめっちゃ王道ものの。
何だか急に恥ずかしくなって、とっさに後ろに隠した。
そんな仕種を見て、狐面の男はクツクツと笑う。

「そんなものを真剣に読んでいるやつがいることに俺は驚くが」

「……どうせくだらないとでも言うんでしょう」

「ああ、くだらん」



所詮空想でしかない物語も。
愛の言葉も。

だから、と狐面は呟く。



「俺は言ってやらない」


そう言ってニイッと笑った後、少し狐面をずらし現れた唇に、自分のそれが塞がれた。





現実は物語みたいに甘くはない



もっともっと、甘くてあまい。



(愛してる)

(っ!?そんな、不意打ちっ…狡いです)

(お前からはないのか)

ニヤリ


(あ、愛して、ます……!)

(知っている)



意地悪な狐からの、精一杯の愛情表現。







(まぁ、俺の本当の愛情表現は相手を目茶苦茶に抱くことだが)

(せっかく綺麗にまとまったのに、台なしです!)

(野暮なこと言う…大人しく抱かれてろ)






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