本編

□第五話 開幕
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改めて中を見回すと、部屋にはベッドと鏡台と机椅子があるだけで、何もなかった。


ユイは電気も点けず、腰のポーチからPCを取り出した。
電源を入れるといつも通りに起動した。
そのことに安堵していると、デスクトップがいつもと違った。



【Hello, Master.】



表示された文字にユイは顔を強張らせた。
文字は消えて、次の文が出て来た。



【I'm a Innosence. Call me RAIRAI.】



なんなの、と言葉が漏れた。
こちらに来てから何度吐いただろう、台詞。
英文が消えて、漢字が現われた。



【雷来 ― RAIRAI ―】



「雷来…」



"雷来"と名乗ったイノセンスは、ユイに文字でイノセンスのことを説明した。

雷来はユイのPCの心臓部に組み込まれ、永久的に電力もバッテリー交換も不要だという。



【My talent is an unknown quantity.】

―― 私の能力は未知数

だから、使いこなしてみろ



雷来は挑戦的にそう言って、画面を暗くした。



「何コイツ…」



苛立ちをかんじながら、ユイは薄く笑った。



―― 使いこなしてやろうじゃないの



負けん気の強さだけは人一倍。

PCを閉じ、ベッドに寝転がった。












何もないに等しい室内は、舞台の暗転を思わせた。

流れに身を任せてここまで来てしまったが、まるで夢物語のようだ、とツバキは思った。

喉元に現われた刻印の意味さえ理解していないのに、舞台の幕開けのようにひっそりと静まり返っている心。



「…夢の中なのかもしれませんね」



深く息を吸い、ツバキは音を紡ぎだした。



Sing a song

歌を歌いましょ




歌っていられれば、他に何もいらないと思うのは、それしかないからかもしれない。



Sing out loud
and strong

大きな声で力強く



Sing of things not bad

悪いことじゃなくて
良いことを




Sing of happy not sad

悲しい歌じゃなくて
幸せな歌を




ほんのりと喉元に熱が帯びて、刻印が浮かび上がるのも気付かず、音は伸びていった。












 
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