精煉の道

□小さなディオンと《蒼い鷹》
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彼は、手の中の、たった今出来上がったばかりのものを見て、怪しい笑みを浮かべた。


「ふふ。ようやく出来た………。さて、誰を実験台にしようか――――」




いやに怪しく危険な笑みで、彼は眼を細めた。











《小さなディオンと《蒼い鷹》》









「やー、最近、平和だよな」


いつもの訓練終了後、ふいにカイルは呟いた。


「そうですね。最近は、とくに任務もなくて、訓練ばかりですから」


「でも、平和が一番よ」


ユアンとジェイダが、微笑みながら同意した。


「ま、平和だからこそ、訓練の手は抜けねーよな。いざって時役に立てなきゃ、俺たちの意味ねーし」


「でも、大佐たちってもう充分強くない?」


ふとディオンが首を傾げた。それに、フェルナンドが同意するように頷く。


「そうだよね。それ以上強くなってどうするの?」


純粋に強い強いと褒められ、カイルたちは満更でもなさそうに笑った。


「強くても、日々の鍛錬を怠ればいずれ力は衰えます」


「だから、ちゃんと毎日訓練しなくちゃ」


「そうだぜ。張り切ってしごいてやるからよ」


「えー。大佐たち容赦ないから……」


「毎回、こてんぱだもんな……」


『でも、いい経験でしょ?』


『ディオンたちだって強くなってるよー』


にっと笑うカイルに、ディオンとフェルナンドは、げっという顔をして、アッシュは面白そうに笑った。


シュネーは楽しそうにぴょんぴょん跳ねている。





      ――――――――――――――




訓練が終わり、ディオンはフェルナンドとアッシュ、シュネーとともに食堂に行き、夕食を済ませた。


先に部屋に戻るというフェルナンドにシュネーを任せて、ディオンはアッシュと少し風に当たりに外に出た。


「んー! 今日も疲れたぁ」


『ふふ。お疲れさま』


外では、すでに夕日が沈みかけていて、広い空を黒に近い濃紺が染めて行く。


ぐっと伸びをして、ディオンは軽く身体を解す。


父が《精煉》で造った人造の生き物・シュネーの案内で、連邦に囚われていた父を救出し、

ようやくディオンはわずかな安堵を感じていた。


帝国の議会はモーリスを救出することはダメだと言ったので、今、

モーリスは義父であるデンゼル・クラウドのところに身を隠している。


ディオンやアッシュは《蒼い鷹》の隊員なので、今は一緒に住むことは出来ないけど、

父が元気に生きていると思うだけで、ディオンは幸せだった


「………さて、そろそろ戻ろうか」


『そうね』


アッシュを促して、ディオンは《蒼い鷹》宿舎に戻る道を歩き始めた。


と、その途中の曲がり角で、ディオンは誰かにぶつかった。


「―――わっ!」


「おっと――――」


わずかに転びそうになったが、ぶつかった相手が咄嗟に腕を掴んで助けてくれた。


「ごめんごめん。考え事してたものだから。大丈夫?」


「あ、はい。こっちこそ済みません」


ぶつかったのは、縁無しメガネを掛けた白衣の男だった。


二十代後半くらいで、メガネの奥の笑みは優しげだ。


……あれ、この人……?


「……リディア・ヴァレン博士?」


確か、軍に所属する研究者だ。


研究者といっても、主に軍で武器などの《精煉》を専門的にしている人達の一人だ。


「おや、私を知ってるのかい?」


「あ、はい」


ヴァレン博士は人好きのする笑みを浮かべて、ディオンをまじまじと見た。


「そうか。君は、《蒼い鷹》の新入隊員だね。そっちの犬は、確か、史上初・階級を与えられたっていう軍用犬?」


自分たちのことを知っていたことに驚いて、ディオンは眼を丸くした。


驚いた様子のディオンに、ヴァレンはにこりと笑った。


「部隊章が《蒼い鷹》だし、あそこには、君みたいな若い子は新しく入ってきた子だけだからね」


「あ、なるほど……」


「で、君、名前は?」


「あ、ディオン・クラウド少尉です」


慌てて敬礼をすると、ヴァレンはおかしそうに笑った。


「私に敬礼する必要はないよ。……ディオン君だね。ぶつかったお詫びに、これをあげよう」


ふとそう言って、ヴァレンはポケットから何かを取り出し、ディオンの手に乗せた。


「………飴?」


薄桃色の、飴玉だった。


「おいしいよ。私のお気に入り」


ヴァレンはにこにこと微笑み、自分もポケットから出した飴玉を食べる。


彼のはオレンジ色の飴玉だった。


「じゃあ、私はこれで。またね」


飴を舐めながらにこりと笑って、ヴァレンは去り際にアッシュをひと撫でして行ってしまった。


「……優しそうな人だな」


『初対面の人に撫でられたの、フェルナンドや大佐たち以来だわ』


ヴァレンの姿が見えなくなってから、一人と一頭はそんな会話をしつつ、部屋に戻った。


「あ、おいしい……」


もらった飴をもごもごさせて、ディオンは呟いた。







      ―――――――――――――









ディオンに薄桃色の飴玉を渡したヴァレンは、自分の研究室に戻ってから、にやりと怪しい笑みを浮かべた。


企み以外何も含まれていないような笑みだった。


「ふふ……明日が楽しみだ――――」


ヴァレンは、オレンジの飴玉をコロコロと口の中で転がしながら、明日起こるであろう騒動を思い浮かべた。


「ふふ……ふふふ………」


背筋が凍えそうな怪しい笑い声が、ヴァレンの研究室から響いて、通りかかった助手は、


……また何か企んでる……。


と、青い顔でそそくさとその場を離れた。












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