精煉の道U

□音のない声
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俺は生まれた時から、本来誰でも持っているだろう自分の音を、持っていなかった。




そう……自分の居場所を、想いを伝える術―――声、を。











《音のない声》








人混みは、嫌いだった。


こんなちっぽけな自分は、人の波に紛れてしまえば、もう誰にも見つけられないと思っていたから。


でも、人混みではなくとも、俺の存在は多くのもに埋もれて、見えなくなってしまう。


だから……誰にも知られず、誰にも気付かれずに、ひとり―――生きていくのだと思っていた。




でも、あの人は―――――。







「あー、また、お前は……そんな所でうずくまるな。わかんなくなるだろ」


呆れたような、安堵したような声が降ってくる。


顔を上げると、優しいハシバミ色の瞳が自分を見ていた。



ほら、と言って、腕を引かれる。


立ち上がると、まるで確かめるようにその腕に抱き込まれた。


「…………」


その背にそっと手を回す。指先に、優しい鼓動を感じる。


「まったく。勝手にどっか行くなよな。行くなら俺も連れてけ」


しょうがない奴だな、というように言う、声。



俺にはない、俺は持たない、この人の―――声。





(好き……)



声を持つ人が、うらやましくて、嫌いだった。


でも、この人は、好き。


この人の声は、好きだ。







ごめんなさい、というようにぎゅっと抱き付くと、


「……取り敢えずは、許してやる」


苦笑するように笑って、そう言われた。










―――俺は、声を持たない。


そして、声を持つ人を好きになった。





この人の声は、俺を呼んでくれるから。


この人の瞳は、いつだって俺を見つけてくれるから。


自分の居場所を伝える術を持たない、こんな俺を。


どこに居たって、この人は見つけてくれる。


見つけて、そしたら今度は、見失わないように抱き締めてくれる。


(ああ、好きだ―――)


声を持たない俺は、抱きついて、微笑むことで、「ありがとう」を伝える。


「ん? ………どういたしまして」


音のない俺の言葉を、この人はいつだってわかってくれた。


嬉しくて、また、好きになる。






ぎゅーっと抱きつくと、嬉しそうに笑ってくれる顔が好きだ。


「おいおい、そんな強く抱きつくな、苦しいって」


ちょっと困ったように、でも全然苦しそうじゃなくて、嬉しそうに言うその声が好きだ。


優しげに見詰めてくる、そのハシバミ色が好きだ。








音を持たない俺は、「好き」の言葉の代わりに、少し背伸びをしてこの人の唇に触れる。


一瞬驚いたような顔をして、でもすぐに嬉しそうに笑って、


「可愛いやつ。俺も、お前が好きだ」


くしゃくしゃと、頭を撫でて、“同じ言葉”を返してくれる。










音のない俺の言葉を、あなたはいつも聴いてくれる。


わからない時は、何度でも尋ねてきて、ちゃんと伝わるまで俺を見てくれる。


どこかへ行くと、必ず見つけてくれる。









俺はそんなこの人が、心の底から――――愛しくて、恋しいのです。















Fin.






あとがき


急に思いついたもの。
ディオン視点でした。

しゃべれない分、ディオンはスキンシップ激しくて、カイルも同じだけ(もしくはそれ以上に)激しいと思う(笑)。
ちょっと目を離すとどこかへ行ってしまうディオンを、カイルはさり気に溺愛していればいいさ……(にや)。









 

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