精煉の道U

□君が、愛しい
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《涙の跡さえ、》








「……っく、……うぅ……っう……」


ずぐずぐと、いつも元気な少年が泣いている。


綺麗な、透き通るような紫の瞳から、透明な雫が幾度も流れては、落ちる。


「………ディオン」


そっと名前を呼ぶと、涙を少し乱暴に拭いながら、小さな声で「何……」と返してくる。


その声にも、涙が交じっていて。


彼はいつも笑っていて、たまに泣きそうな顔をするけれど、こんな風に泣くところはあまり見ない。


「泣くな……」


泣いた顔より、笑っている顔の方が、私は好きだ。


なだめるように柔らかな黒髪を撫でると、吐息と一緒に涙声が零れる。


「そんなに泣くな」


あやし方など、自分は知らないし、知っていてもきっと上手くできない。


これが自分の親友なら、きっと上手くなだめるのだろうけれど。


感情表現の苦手な自分では、とても無理だ。


困って、それでも泣き止んでほしくて、自分より低い位置にある黒髪を撫でる。


「………どうしてそんなに泣く」


声に、少し途方に暮れたような響きが混じる。


それに内心で苦笑していると。


「……中将が……泣かないから……」


嗚咽混じりに、そう言われた。


「中将、何があっても泣かないから……俺が代わりに泣いてるんだ……」


ぐずっと、鼻をすする音がする。


予想外の言葉に、黒髪を撫でていた手が止まる。


「私の、代わりか……」


こくん、と小さく頷く、目の前の少年。


俯くようにして泣いていた頬に、白い手袋をはめた手をそっと添えて、顔を上げさせる。


………まだ、涙は止まっていなくて。


この涙は、自分のために流されているのだと思うと、たまらなく、愛しくなった。


「……中将……?」


あまりに無防備なその表情に、知らず、頬が緩む。


眦(まなじり)に溜まっている涙を、そっと唇ですくい取ると、驚いたように少し首を竦めるのを感じた。


それすらも、可愛いと思う。


「中将……何……?」


さすがにびっくりしたのか、少し泣き止んだようで。


「笑ってくれ」


柔らかい、まだ成長途中の少年の頬を両手で包んだまま、思ったことを口にする。


「私のために泣くくらいなら、私のために笑ってくれ」


もう一度、今度は瞼に口付ける。


まつ毛に溜まっていた涙を舐めると、少し塩の味がした。


「私は、泣き顔よりも、笑っているお前の方が見たい」


少しきょとんとしたように、紫の瞳が真っ直ぐに見上げてくる。


その頬に残っている涙の跡を沿うように、唇を這わせる。


「ちゅ、じょ……っ!」


わずかに身じろいだが、それに構わず、まだ少し幼いその唇に自分のそれを重ね合わせた。


薄く開いていた口唇を割って、舌を滑り込ませる。


そのまま、戸惑ったように奥に引っ込んでいた小さな舌を、吐息ごと絡めとる。


「んっ……ふぅっ……ん、んんぅ……っ」


甘ったるい声が零れてきて、内心でそれに笑む。


いつの間にか自分に縋るように寄りかかってきていた身体を、ぐっと抱き寄せる。


絡め取った舌を軽く吸うと、びくりとその身体が震えた。


「ぅん……っ……ん、ぁ………はぅ……っ」


愛しさのままに、深く深く、口付ける。


ようやく唇を離した時には、もうすでに泣き止んでいて。


さっきとは別の理由でその紫の瞳は潤んでいて、頬が色づいている。


朱に染まった頬に残る涙の跡を、指の背で軽く撫でる。


「止まったな」


「………っ、……あ、…っな……っ!」


一層赤くなったその顔が、可愛い。


今度は内心ではなく、ちゃんと表情に出して軽く笑む。


「お前が笑ってくれるなら、私はそれでいい」


「………うん」


小さく頷く声が、たまらなく愛しい。


泣いた跡の残る瞼と頬に、再び口付けた。












――――――――――ああ、この涙の跡さえ、愛しい。















Fin.








アトガキ。


泣いてるディオンをキースに慰めてほしかった……。

ディオンが泣いている理由は………不明です。
でも、とにかくキース関係で泣いてます。





お題提供:確かに恋だった





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