精煉の道U

□ある日の執務室
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不機嫌そうだったかと思えば、今度は何やらいささか落ち込んだ様子のキースに、カイルは内心可笑しくて仕方がなかった。


長年この無表情の親友をやっているので、彼の心境が手に取るようにわかるのだ。


(あー……こう見てるとこいつも普通の人間だよな)


カイルは内心で笑う。


最近会うたびに不機嫌そうになっていく親友。


その理由は単(ひとえ)に、十二歳年下の恋人に会う時間が少ないからだろう。


キースは見かけからはちょっと想像つかないかもしれないが、恋人にはとことん甘いし、独占欲も強い。


今までそういった対象がいなかったのでカイルも最近わかったことだが。


それに、これもちょっと意外だったが、実はキースの方が恋人―――ディオンにベタ惚れしている。


それこそ、長年親友をしていたカイルさえ気づかなかったキースの一面を引き出すくらいに。


今の状態がいい例だ。


キースはおよそ、こうした仕事に嫌気がさしたことなどなかったはずだ。


しかし、今はものすごく嫌そう……というか恨めし気で、許可が出たら多分本気でこの書類の山を灰にしそうなくらいだった。


「お前、大丈夫か? ずいぶん疲れてるみたいだな」


内心で腹を抱えて笑いたいのを堪え、しかしそれでも口元に笑みがのぼったまま、カイルはキースに尋ねる。


「………大丈夫なように見えるのか」


カイルを見る薄青の瞳は若干据わっている。


秘書官などは、「最近、中将が不機嫌そうで………正直近づくのが怖いです」と青い顔で言っていた。


(あー、こりゃ、そうとうキてるな)


カイルは、今度は少し苦笑する。


それから、ニッと悪戯っぽい笑みを浮かべた。


「じゃ、そんなお疲れのお前にいいもんやるよ」


そう言って、カイルはピッと一枚の紙を出した。


書類などではない。大きさは封筒などに似ているが、それよりも横幅が狭い。


「? 何だ?」


差し出された方は白い面で何も書かれていない。


「だから、いいもん」


にやにやと何か企んでいるかのような顔のカイルを胡乱気に見遣り、キースは紙を受け取る。


表には何も書かれていないので、(何なんだ?)と内心首を傾げながらぺらっと裏をめくり――――、


「―――――ディっっ!?」


思わず声を上げてしまった。


裏返した紙には、ふわりと笑みを浮かべている、ここ最近まともに会えていない年下の恋人が。


珍しく目を見開いて絶句しているキースに、カイルは悪戯が成功した子どものような、しかしそれより質の悪そうな面白そうな顔をして笑っていた。


「よく撮れてるだろー」


「………お前…っ、これ……っ」


「最近お疲れ気味のお前に、プレゼントだ」


にやりと笑い、カイルは言う。


ムセイオンの学校祭の時に購入したカメラで撮った写真だった。


写真を凝視して動きの止まったキースに、


(おー……写真だけでも効果てきめん。恐るべしディオン)


カイルは内心で笑いが止まらない。


常に冷静沈着で冷徹なこの親友を、ただの普通の男にしてしまえるのはあの少年だけだろう。


「それはやるよ。あんま根詰めるなよー」


固まっているキースを満足げに見て、カイルはひらひらと手を振ってそのまま執務室を出て行った。


パタン、と扉が閉まる音と同時に、キースはハッとする。


「待て、カイ―――っ」


とっさに声を上げるがもう遅い。


キースは少し唖然と閉じられた扉を見つめた。


「……………」


それから、もう一度手元の写真に視線を落とす。


「……――――」


さっき見たのと変わらない、ふわりと微笑むディオンの顔。


いつもの軍服ではなく私服を着ていて、視線は正面より少しずれている辺り、盗撮ではないのだろうか。


キースは一瞬そう思うが、


「ディオン………」


久しぶりに見るディオンの笑みに、自然と口元が緩んでいった。


写真の中のディオンに、キースは白い手袋をはめた指でそっと触れる。


本物ではない紙に写されたものだから、もちろん平面で温度もない。


(ああ、でも………)


写真に指を這わせながら、やはり本物に触れたいと思った。


ただの写真にすら愛しさを覚えるほど、あの子に心底溺れている。


自分の中の感情に、キースは写真を手に持ったまま、珍しく机に肘をついて頭を抱えた。


―――ディオンに会いたい。触りたい。声を聞きたい。


仕事中だというのに、何だかもうそんなことしか考えられない自分がいる。


もう一度、ちらりと写真を見遣った。


「ディオン……」


会いに来てくれないだろうか。………いや、自分から会いに行けばいい。


仕事が残っているとか、もうどうでもいい。


(少しくらいなら、いいだろう)


休憩だ、休憩。


これ以上イライラするとはかどるものもはかどらないだろうし。


キースはじっと見ていた写真を、机の引き出しにしまい、椅子から立ち上がる。


確か今日は、あの子は午後から非番だ。


(部屋にいるだろうか……)


自分からディオンの部屋を訪ねるのは実は初めてだった。


いつもならアッシュやシュネーがいるという理由で近寄らないのだが、今はディオンに会う事しか考えていないキースには、動物恐怖症もどこかへ行ってしまう。


と、椅子から立ち上がった時、再び扉がノックされた。


「誰だ?」


相変わらずの口調でそう言うと、少し遠慮がちに扉が外側から開けられる。


そして、扉の向こうから覗かせられた顔に、キースは一瞬言葉を失った。


「えーと、中将……今、忙しい?」


そこには、少し眉を下げて問うてくる、今まさに会いに行こうとしていた少年がいたのだ。









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