精煉の道U

□最初は誰にも譲りません。
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「ディオン、どこへ行くのだ?」


自分の手を引いてずんずん歩いて行く年下の恋人の後頭部を見ながら、キースは相変わらずの口調で尋ねる。


「人のいないとこっ」


振り返ることもせず、ディオンはそう言った。


というか、さっきは何故カイルに向かって盆を投げたのだろうか。


不思議に思って尋ねるも、


「う、……あ、あれは大佐が悪いんだっ俺の邪魔するからっ」


前を見たままでそんな意味不明なことを言う。


ますます意味がわからなくてキースが内心首を傾げている間に、気づけば人気のないバルコニーまで来ていた。


一応一般開放されてはいるが、こちら側はパーティー会場と少し離れていてあまり人が来ない。


星を散りばめた夜空の下、冷たい風が二人を撫でた。


(ここなら誰も来ないよな)


少し寒かったが邪魔もないだろうと、ディオンはホッと息を吐く。


「で、何だ。何かあったのか?」


相変わらずの無表情な恋人をちらりと見やり、ディオンは知らず心臓が跳ねた。


急に、ここには二人だけなんだと思うと羞恥とか色んなものから顔が赤くなる。


自分で連れてきておいて何だが、


(な、何かめちゃくちゃ恥ずかしい……っ)


思わず少し顔を俯けてしまった。


「ディオン? どうした?」


俯いた恋人の頬が赤いことに気づいて、キースはいつもの淡々とした口調にわずかに心配そうな色を浮かべる。


季節はまだ冬だ。風邪でも引いたのかと心配しているのだ。


白い手袋をはめた大きな手が、優しくディオンの頬に触れる。


「あ、あのさっ」


頬に触れた手に自分の手を重ね、まだ少し俯いたままでディオンは口を開いた。


「ん?」


キースはいつもより優しい声で応じる。


ディオンは数回口を開閉させ、


「とっ、取り敢えず、改めて新年明けましておめでとうございますっ!」


二度目の新年の挨拶が出た。


(だぁああっ違うっっ! 言いたいのはこれじゃないんだってば俺っ!)


寸前で違う言葉の出た自分を内心で激しく叱咤していると、キースは少し呆けたように、「ああ。……さっきも聞いたが」とわずかに首を傾げる。


そのまま、「あー」だの「うー」だの呻き始めたディオンに、キースは薄青の瞳に不思議そうな色を浮かべて見下ろした。


少年らしい、まだ少し丸みを残した柔らかい頬に触れたままの手でそっとその頬を撫でながら、


「そう言えば、さっきは何故カイルにあんなことをしたのだ?」


ちょっと気になったのでもう一度聞いてみることにした。


頬を撫でられるのをそのままに、ディオンはちらりと紫色の瞳でキースを見上げる。


その頬も目元もほんのり朱を帯びていて、(可愛いな……)なんて質問とは関係ないことを内心思っているキースだった。


そんな彼に気づいているのかいないのか(多分後者)、ディオンはわずかに口ごもる。


「だ、だからそれは……大佐が俺の邪魔したから……」


「何の邪魔だ?」


「そ、れは、その………」


重ねて問えば、何故かディオンはさらに頬を赤く染めた。


「ディオン?」


「………大佐が、中将のこと呼ぼうとしたから……」


ディオンはぼそぼそと呟くが、キースにはまだ意味がわからない。


名前を呼ぶことが何故邪魔になるのだろうか?


不思議そうなキースに、ディオンは今度こそ覚悟を決めて顔を上げた。


自分の頬に触れているキースの手に重ねていた己の手に、知らずぐっと力が入る。


「だって、一番最初は、俺がよかったんだ」


「何……――――っ」


ディオンは頬を染めたまま、照れたようにはにかむような笑みを浮かべ、


「キース、一年間ありがとう。今年もよろしくお願いします」


恥ずかしがってめったに呼ばない恋人の名前を言の葉に乗せた。


キースは思わず目を見開く。


いくら名前で呼んで構わないと言っても、恥ずかしいとか慣れないとか言ってほとんど呼んでくれなかった己の名前。


キースは密かに(いつになったら普通に名前を呼んでくれるのだろうか)と内心ちょっと落ち込んでいたりしたのだが………。


驚いたように、どこか茫然としたように自分を見つめる薄青の瞳を見返して、ディオンは幸せそうに紫色の瞳を細めて笑った。


「キース、大好き。ずっとずっと、一番、大好きだから」


だから今年も。隣に居ることを許してね。


そう言ってほほ笑むディオンを、キースはとっさに抱き締めた。


「わっ」


驚いたようにディオンが声を上げるけれど、構わずにぎゅーっと強く抱きしめる。


………何というか、言葉が、見つからなかった。


ただ感じるのは、溢れるほどの愛しさと嬉しさで。


「ディオン………ありがとう」


自分より小さな身体を抱きしめたまま、キースはいつもより数倍も柔らかい、吐息のような優しい声を紡いだ。


―――嬉しかった。


大好きだと言ってもらえたことも。今年もずっと、傍に居てくれると言ってくれたことも。何より――――。


(名前を、呼んでくれた……)


ディオンが言った“一番最初は俺がよかったんだ”という言葉の意味が、ようやくわかった。


新しい年の始めに、一番最初に恋人の“名前”を呼ぶのは自分でありたい。


ただそれだけ。


他人からすればどうでもいい、些細なことかもしれない。


けれど、気恥ずかしくてめったに名前を呼んであげられないディオンにとってはとても重要なことで。


同時に、キースにとっては何よりも嬉しい年の始まりになった。


些細なことだけれど。名前を呼ぶ、ただそれだけのことだけれど。


「ディオン、ディオン………」


言葉にできないなんて、我ながら情けないとは思う。


それでもただ、嬉しくて。


そっと身体を離して、恥ずかしそうに眉を下げているディオンを見る。


薄青の瞳が、これ以上ないほど優しげな色を帯びていた。


「ディオン……もっと、呼んでくれ」


名前を、呼んでほしくて。


「……キース」


「もう一度」


「キース……。キース……好き、大好きだ、キース」


普段養父や親友に呼ばれている、聞きなれたはずの自分の名前なのに。


ディオンが口にするだけで、呼んでくれるだけで。


その名がとても大切で、特別なものように感じた。


自分の頬がゆるゆると緩んでいくのを感じながら、キースはとろけるような笑みを浮かべた。


「あ……」


あまり顔全体で笑ったりしない彼の笑みに、ディオンは少しだけ驚く。


その薄く開いた柔らかい唇に、キースは己のそれを重ねた。


「ん……ぁ……ふ、ぅ……んン……ふぁ……っ」


熱い舌で口内を撫でるように愛撫され、ディオンは目を閉じたままキースにすがる。


それを確かに抱きしめ、キースは愛しさのままに深く口付けた。


「は、ん…っ……キー……ス……んぁ……ふぅ……っ……んんっ」


キスの合間にも名前を呼ばれて、どうしようもないくらい腕の中の存在が愛しくなる。


互いに絡ませ合っていた舌を離すと、銀の糸が二人を繋いだ。


キスのせいで息の上がったディオンは、潤んだ瞳でキースを見上げる。


「キース……ん……」


自分の名前を紡ぐ愛しい唇に、キースはもう一度、触れるだけの軽いキスを送る。


朱を帯びてわずかに熱を持った柔らかい頬を撫でながら、ふいにキースがクックッと小さく笑った。


彼が、小さくとも自然に声を上げて笑うのは、実はディオンの前でだけだ。


「……なんで笑ってるの?」


「いや………。カイルに盆をぶつけたのは、あいつが先に私の名を呼ぼうとしたからか」


どこか面白そうにそう言ったキースに、ディオンは再び羞恥とわずかな罪悪感が戻ってくる。


「う……反射で、つい……」


元帥の言葉を遮ったのも、つまりは同じ理由。


「本当に、お前は………」


ふっと目を細めて、キースはもう一度ディオンを自分の腕の中に抱きしめた。


「? キース? 何?」


疑問符を浮かべているディオンを抱きしめたまま、キースは口元が緩むのを止められなかった。


「ディオン―――。私は、何よりお前が愛しいよ」


こんな自分のために必死になってくれる君が、何よりも―――。

















(取り敢えず俺、今年は目標があるんだ。中将のこと名前で呼べるようになることと、大佐より近くにいれるようにがんばること)


(………お前、あまりそういうことを言うな)










―――愛おしすぎて、新年早々真剣におかしくなりそうだ。








Fin.








あとがき。



明けましておめどうございます!!
今更新年ネタ書いてみました(汗)

なんて言うかもう―――うちのキースは重症です。
重症なくらいディオンに惚れてます。
そしてディオンはちょっとしたことでキースのツボ刺激しちゃう天然さんです。
計算じゃなくて天然でキースの喜ぶことやっちゃうので、キースはさり気に日々忍耐力との戦いとかやってたら大変面白い(爆笑)。



取り敢えず、今年も一年、良いお年でありますよーに!




おまけ→





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