箱庭がひとつ

□短編集
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夜桜高等学園、三年A組。

春香(はるか)は一人、自分の席に座っている。
その表情は今日の空の雨模様とそっくりだった。


「なんて顔してんだ、春香」


そんな春香の真っ正面から声をかけたのは和歌(わか)。
彼は目をくすぐる前髪を気にしつつ、春香の表情をうかがっていた。

彼の存在に気付いた春香は窓の外を指した。


「和歌も知ってるでしょ? 明日台風が来るかもって」

「もちろん」

「明日直撃して警報が出たら、学校は臨時休校でしょ?」

「もちろん」

「……まじかー…」


春香は机に伏した。

和歌はやや反応に戸惑う。
すぐに彼女の隣に手近な椅子を引っ張って、寄り添った。


「休みになるのに嬉しくないのか?」


周りの生徒なら喜んで台風を歓迎する。
しかし、春香はそれを拒んでいた。


「夏休みの時は幼児の様にはしゃいでたくせに」

「もちろん休みは嬉しいよ」

「ならもっと嬉しい顔しろよ」

「……だってさぁー」


未だ吐きたい言葉を溜め込む春香。

そんな彼女の表情を覗き込むように顔を傾けた。
そのとき、ねだるような瞳が和歌の目に入った。


「……はっきり言えよ」


その瞳の代償に言葉を発した和歌は、次に春香の長い黒髪を優しく撫でた。
 

しばらくの沈黙の後に、春香はたどたどしく口を開いた。


「…だってさぁー、台風で学校が休みになってもどこにも遊びに行けないじゃん」

「まぁな」

「それに学校がなかったら……」

「うん」

「……和歌と会えないじゃん」


ずっと口にしたかった言葉を呟き、春香は一気に心の奥が熱くなる。

自分の腕で紅い顔を半分埋めながら恥ずかしさを隠した。


「……なんだ、そんなことか」

「…はっ、何よ! 人が真面目に話してんのに!」


春香の深い悩みを和歌は“そんなこと”扱い。
少し頭にきたのか、頬の紅いまま起き上がり和歌に向かいあった。


「そんなことで気を落としてたのかよ」

「和歌にとってそんなことかもしれないけど、あたしとしてはこの一週間で会える内の、明日は最後の日なんだよ? 大切にしたいもん!」


尖らせた口で次々にものを言う春香に、和歌は鼻で笑う。
その笑いは馬鹿にしたようにも見えるが、怪しくも見えた。
 


「仕方ないだろ。休日はどっちの都合も合わないし」


なんて軽く言ったが、なんだかんだでニヶ月はデートをしていなかった。


「はぁ…仕事がもう少し暇になればなぁー」


すっかり心が冷めた春香は、愚痴と願いをホロリと吐いた。
再び自らの腕の中へと顔を埋めた。

教室の窓は風に揺られていた。
雨足は強くなる一方で周りの生徒のテンションも比例して高くなる。

和歌は小さくため息をつくと、机に伏した春香の耳元にそっと近付いた。


「じゃあ明日遊ぶか」


春香は反射的に顔を上げた。
すぐ和歌に振り向く。


「はっ? 今なんて言った?」

「明日久々に遊ぶか」

「……えぇっ!? だって明日台風直撃だよ!?」


和歌の発言に興奮させられた春香は顔を紅くした。


「どうせ暇なんだろ? だったら春香ん家に行ってやる」

「良いけど…台風だから危なくない? それに明日は親もいるし…」

「それでも会いたいんだろ?」

「………」


和歌は余裕の笑みで春香に問掛けた。

全てを見透かされてる春香は、熱りゆく頬を手の平で冷やしながら頷いた。
 


「決まりだな。じゃあまた後でな」


最後に春香の笑みを見納めた和歌は、椅子から立ち上がり去っていく。
同じ制服を着ている群れに加わりながら、教室を後にした。

春香は数秒間、暗黙のパニックに陥っていた。
整理がつくと途端に顔を真っ赤にさせた。
もちろん、とびきりの笑顔も浮かんだ。


(和歌が家に来てくれるなんて…! やだぁ、部屋掃除しなきゃ。あっお母さんにも言わなきゃ! でも親がいるのに大丈夫だなんて……もうっっ大胆なんだからっ!!)


桃色の妄想が広がる春香に、もはや周りの声など届いていなかった。




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翌日。


「おはよう春香」

「…おはよう」


二人で出会った場所は夜桜高等学園の教室。


(…台風のやつぅ…!!)


今日の春香の表情は雨模様。




雨模様 fin.
>>>20091009.

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