「それでは頼んだぞ」
「かしこまりました曹操様」
曹操は城に帰ると子供を典医に預け、汚れた衣服を変えるため自室へと戻った。そして手早く着替えを済ませると荀ケの仕事部屋へと向かう。
頼んでいた物を取りに行く為だ。
既に陽は落ち空には月がぽっかりと浮かび、辺りは静寂に包まれている。ふと、何かが割れる音と慌しい兵の足音が聞こえた。
近いこともあったので足をそちらに向ける。
「どうかしたか?」
「曹操様!」
音が聞こえてきたのは先ほど子供を預けた典医の部屋だった。
典医は青い顔をして寝台を指差す。
「先ほどまで大人しく寝ていたのですが、目を覚まして薬を飲ませようとしたら急に暴れて…」
先ほどまで子供が寝ていたという寝台は空っぽだった。
兵が慌しく行き来しているということは…
「逃げたのか?」
「はい。ただ、あの子供かなり衰弱しています。それに予想よりも出血していました。このまま放っておいても危険はありませんが。」
「そうか」
別に一種の興味で拾った子供。可愛いとは思ったが、だからと言ってどうすることもない。
「捜索は続けさせるが、相手は子供だ。普段の警備と共に探す程度でよかろう。」
曹操の言葉にその場に居た兵も頷き、それぞれの持ち場へと戻っていった。
「見つけたら連れて来る。」
「はい」
典医に念の為治療の用意だけはさせ部屋を出た。
すると部屋の前の茂みを楽進がジッと見詰めている。
「楽進…何をしている?」
「あ、殿。」
楽進は降り返ると立ち上がり目の前の茂みを指差す。
「怖いみたいなんです」
「は?」
意味が解らず曹操は茂みの中を見る。すると、先ほどの子供が蹲っていた。
「…なんだ。楽進、ここは兵に任せておけ。お前も今日の戦で疲れているだろう?」
曹操とてそれは同じで、できれば早く荀ケの元へ行って仕事を片付けてしまいたかった。拾った子供のせいで時間を取られるなど。
「違うんですよ、殿。この子泣いているんです。怖いって…」
「泣いている?」
曹操が再び茂みの中を見ると、確かに子供の身体は小刻みに震えている。
「だからなんだ?」
「手を伸ばすと怖いって言うんですよ」
そこで曹操は先程の出来事を思い出した。助けた時確かこの子供は…
「…仕方の無い」
曹操は茂みの前で屈むと子供に声をかける。そして両手を広げる
「来い」
たった一言。それでも子供はビクリと肩を震わせた後、大きな瞳に曹操の姿を映しゆっくりと茂みから出てきた。
曹操は葉っぱをくっつけた髪を払ってやるとその子供を抱き上げる。
「もう怖くないぞ?」
優しく髪をなでてやればギュッと抱きついてきた。小さな、弱った身体にどれ程の力があるのだろうか?
曹操はそのまま楽進を引きつれ典医の元へと戻ると子供を預けようとした。しかし子供が離れなかったのでそのまま治療させることになり。結局治療が終ったのは陽が登る少し前のこと。
治療が終って眠ってしまっても子供は曹操の服を離さなかった。
「この子よっぽど怖かったんですね」
楽進が子供を預かると言ったが曹操はそれを断りそのまま自室へと戻る。結局は仕事は終わっていない。
「まったく…」
苦笑しつつ子供を連れたまま寝台で寝転がる。
僅かに薬の匂いする子供を抱きしめ眠りに着いた。
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