「何かあったら直ぐに俺か楽進のところへ来い。良いな?」
「はい…」
出立前。曹操の腕の中で陸抗は頷く。服を纏っているがその温もりは心地良い。暫くその温もりともお別れと言うのはなんとも寂しく、陸抗は甘えるように顔をすり寄せる。
「それ以上は駄目だ。戦に出られなくなる」
「…はい」
二人で顔を見合わせて微笑みながら部屋を出た。すると見知った顔があり、陸抗は直ぐにパタパタと駆け出した。
「劉曄様!」
「…ああ」
劉曄は陸抗の顔を見た後、曹操の顔をみて大きく息を吐いた。
彼は二人の関係を知っている数少ない者の一人だ。何をしていたのか大方わかったのだろう。
「まったく。戦の前だと言うのに…」
「そう言うな。暫く触れるのさえ出来ないのだから。」
劉曄の棘を含む言葉を弾き返しならが、曹操は笑う。そこへ、前方からもう一人誰かが此方へと走って来た。
「殿ー!!」
その人物の登場に陸抗は肩をビクリと揺らし、咄嗟に曹操の背へと隠れてしまう。
「まだ、駄目か?」
「…申し訳ありません。」
心配そうな劉曄に頭を下げながら陸抗は沈んだ声を出す。
その人物…ホウ徳は三人の近くまで来ると漸くスピードを落とし、次いでニッカリ微笑む。
「兵の準備は整え終わりました!後は殿の命令を頂ければ直ぐにでも出発できます!」
「そうか。ご苦労だったなホウ徳。」
二人の掛け合いに曹操の背から陸抗はゆっくりと顔を覗かせる。そこで漸くホウ徳は陸抗の姿に気付いたらしい。
陸抗に近寄ると手を差し出す。
「よろしくな!」
「…はい」
その手を取ることは出来ず、言葉だけ返すと陸抗は俯いてしまう。
ホウ徳の手は行き場を失ってしまうが、其の手を誰かの手ががっちり握り閉めた。
「よろしく!」
陸抗が顔を上げると其処には楽進の姿があった。
「陸抗も始めての戦だから、あまり無理しちゃ駄目だぞ?」
「…はい」
陸抗は漸く一歩前へ出ると少しだけホウ徳に歩み寄る。
そうして各々武器を手にするとそれぞれの部隊の元へと向かった。
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音が形になる
文字が動き出す
書簡に綴られ、今まで知識として得ていた物が実際に目の前で繰り広げられていた。
「陸抗様」
「ああ…」
副官である女性に指示を出し、作戦通りの位置に陣を張る。
陸抗の部隊に男性の姿は無い。元々後方支援を主としていることもあるが、幼い頃の経験から一定の男性に近付くことができない。
近付かれるとどうしようもない衝動にかられてしまう。
「間もなく始まりますね…」
陸抗の言葉と共に開幕を告げるドラの音が鳴り響いた。
――――
戦は曹操軍の圧倒的有利に進んだ。
開幕と共に曹操と劉曄率いる伏兵部隊が黄布族の2部隊を撤退させ、敵が混乱している所にホウ徳と楽進率いる騎馬隊が突撃。大将だった張角は最後まで抵抗したが、ホウ徳が城門を叩き壊し落城した。
「大丈夫か?」
「はい」
部隊を纏めて帰り支度をしていると、陸抗の幕に曹操がやってきた。
「思った以上に上手く進んだ。」
「…皆さん無事で良かったです。」
抱きしめられてその温もりに安堵する。先程まで震えていた身体が落ち着きを取り戻す。
「帰るまではと我慢していたのだが…」
身体を簡易ベットの上に横たえられる。不謹慎だとわかっているが否定が出来ない。
「陸抗…」
唇が合わさろうとした途端、誰かが幕を勢い良く開けた。
「……わかってはいたが‥」
「ならば邪魔をするな」
そこにいたのは劉曄だった。
「曹操殿に客人だ。待たせるにはいかないだろう。」
「…仕方無いか。」
曹操は名残惜しそうに身体を離すと、陸抗の手をとる。
「連れて行くのか?」
「ああ。」
三人で陸抗の幕から出て曹操の幕へと向かう。途中陸抗は視線に耐えきれず劉曄の服の裾をつかんでいたが、ソレをいさめる者は誰もいなかった。
後少しで目的地と言うところで曹操の脚がピタリと止まった。
「劉曄…」
振り返った曹操の瞳は僅かに怒りを含んでいる。しかし劉曄は平然と応える。
「私は言ったはずだが?」
「…まあ、良い。」
会話についていけない陸抗が首をかしげる。と、幕から見慣れない誰かが出てきた。
「まったくいつまで待たせるつもりだ!」
「そう焦るな策。」
「そうは言ってもな周瑜!」
見慣れない男性の姿に陸抗は咄嗟に曹操の背に隠れてしまう。劉曄も陸抗を隠す様に一歩前に出る。
「待たせてしまい申し訳ない」
二人の青年はピタリと動きを止め、視線を曹操へと移す。
「孫堅殿も一緒だろうか?」
「ああ…。悪いが聞きたいことがあってな。」
「ならば中で話しするとしよう。」
「曹操殿の言う通りだ策。落ち着いて話さなければいけないことだろう?」
青年達は幕の中へと戻って行った。ソレを見届けると、曹操は振り返り陸抗の髪を優しく撫でる。
「劉曄の幕で待っているように。良いな、劉曄。」
最後の言葉を劉曄に向け、劉曄が頷くと曹操も幕に入って行った。
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