言葉にすると零れて落ちそうだから

ずっと胸の中にしまっておくの



そう私が



『羽ばたけるのならば』


曹操が戦に出て数日。陸抗は郭嘉の元で常と変わらない生活を送っていた。ように見えていた。

「大丈夫か?」
「はい…」

曹操が戦に出てからと言うものの毎夜悪夢にうなされて起きてしまう。郭嘉が共に寝るかと言ってくれたが陸抗は首を横に振る。

「そろそろ離れなければいけない時期だとは思っていたので」

そんなこと曹操が聞いたら泣いてしまうだろうとか思いつつ、郭嘉は仕方なく仕事を続けるだった。


そうして更に三日程たったある日のこと。


「陸抗殿」

女性と見間違うほどの美貌を備えつつ、その中身は地の底ほどまでも見えないと言われる男が帰って来た。
彼は寝台に横たわる陸抗の側まで行くと、その手をとり優しく包んだ。

「帰りました」
「叔子殿…」

陸抗は体を起こすと羊コの背に手を伸ばしギュッと抱き締める。

「幼節殿…と、お呼びしてもよろしいでしょうか?」
「はい」

羊コは陸抗の髪を優しくすき、その一房を手にとり口づける。

「怒りませんか?」
羊コの言葉に
「別に。私は怒りませんよ?」
陸抗はクスクスと微笑みながら応える。
予想より元気そうな姿にホッと胸をなでおろし、羊コは陸抗の体を再び寝台に戻した。

「私は暫くここにおりますので、ごゆっくりお休み下さい」
「ありがとうございます‥叔子殿。」



そんな二人の様子をホウ徳と賈クが影からひっそりと見守っていた。

「姫何だか嬉しそうだな〜」
「アレの本性を知らんからな」

二人は静かにその場を離れた。










‥※…‥※‥‥



‥ああ夢だ


自分の中の感覚がそう告げる。しかも只の夢ではなく、悪い夢だ。

そんな時の自分は小さな子供の姿で森の中を走っている。

黒い手が自分を捕まえようと伸びてきて、忘れてしまった誰かの名前を自分は必死に呼ぶ。

『…‥!!』

その人の姿は余りに遠くて伸ばした手は虚しく宙をかく。

そうして自分は…

「…ッやだあ!!」

助けて欲しい…と、なんども叫んだ。
否定する子供の頃の自分と、傍観するだけの今の自分が居る。

ああ早く…あと少しすればあの方が助けに来てくれる。そうしたらこの悪夢から覚めることができる。

何時もとおなじ

いつもと変わらない…

そう思っていた


「…抗」


その人の声が聞こえて来るまでは。

優しい声が…恋焦がれていた声が‥


「やっと見つけました‥」


抱き締められると胸が熱くて溶けてしまいそう

「ずっと、探していたのですよ?」


どうしてわかるのだろう?

否定をしたいのに体が勝手に動き求める


金色の髪を揺らして私と同じ瞳の色をしたその人の名は…


――…名は





『 』

「…叔子殿」
「目が覚めましたか?」

目を覚ました陸抗は寝台の横で読者をする羊コの姿を見て安堵する。

「どうかしましたか?」
「いえ…」

陸抗は寝台から抜け出すと部屋の中を見渡す。

その瞳に夢で見た人を映すことは出来なかったが、胸が苦しいほどに熱かった。


いつか羽ばたけるその日までに

私は飛び方を思い出すことが出来るだろうか?




私は飛べない渡り鳥

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