『父上!』
小さな体で懸命に駆け寄ってきて微笑みを浮かべその後は何をすることもなくただ私の次の行動を待っている。
いつもはあまり時間が無くてそのまま頭を撫でて終った。しかしあの日はいつもと違った。
『父上…』
足元にすがりついてきて、微笑みではなく涙を浮かべた表情。
抱き上げてやるとギュッと抱きついてきて身体が震えていることに気付いた。
そう言えばこの子とはそんなに話したことがない。そもそも自分は家にいることの方が少ないのだ。たまに帰っても深夜で子供達は寝てしまっていたし、何かあったのだろうかと口を開きかけた途端…
「陸遜様、お時間が…」
兵の言葉に私は震える子供を女官に渡し「すまない。帰って来たらまた話しをしよう」と言ってその場を去った。
どうして
どうして
どうして
『父上』
あの子を離してしまったのだろう…
*華ノ舞*
数年振りに訪れた客人の姿に陸遜は驚いた。
「周瑜様…」
「元気そう…では、ないな。」
「申し訳ありません」
「何を謝る」
周瑜は悲しそうに微笑む陸遜の姿に眉を顰める。
「また痩せたか?」
「少し夢見が悪くて」
陸遜は将来を期待された軍師だった。周瑜と呂蒙は呉の担い手として陸遜を厳しく指導しながらも可愛がり、陸遜もそんな二人の気持ちに応え様と懸命に勉強に励んだ。
陸遜には子供が何人かおり、そのうち長男であり陸家の跡取りであった陸延は幼い頃から身体が弱く数年前に亡くなった。またその弟である陸抗も数年前から行方が知れない。
子供をと言われているが、陸遜にはどうしてもそれが出来なかった。
「周瑜様。私はやはり旅に出ようと思っています」
「陸遜ッ!」
陸遜はニッコリと微笑むと心配しないで下さいと言い瞳を閉じる。
「家のことは弟の瑁が跡を引き継いでくれます。これでも、説得するのに結構かかったんですよ?」
陸抗が行方知れずとなり、陸延が逝き。陸遜は城仕えをやめた。
必死に止められたが陸遜は首を横に振ってはくれず、本来ならばそのようなことはあってはいけないことだが、国の主である孫堅がソレを許した――
「元気になったらまた戻って来い」
優しい言葉と共に。
陸遜の復帰をと人々は陸遜に会いに行ったが陸遜は曖昧に微笑むだけだった。
「私は幼い頃に両親を亡くし、伯父を亡くし。大事な子供達まで無くし…これ以上何を奪われるというのでしょうか?」
陸遜の言葉に周瑜の胸が痛む。仕方の無かったこととは言え、孫策と共に陸遜の伯父を手にかけたのは自分だ。
「陸遜、それは…」
「こんな弱い私が呉の軍師など勤まるはずはありません。」
「陸遜!」
「蜀と同盟し、魏との大きな戦があると聞きました。ソレが落ち着いたら…」
去る予定です。そう言いかけた言葉を周瑜が遮る。
「陸抗が見つかったかも知れないのにか?」
その言葉に陸遜は瞳を大きく見開く。
「可能性を捨ててはいけない陸遜。そのために私と策は孫堅様と共に魏に行って来た。」
「魏…に?」
あの子がいる?
死んでしまったと思っていたのに?
「あの日君は言っていたじゃないか。私と呂蒙に帰ったら抱き上げて沢山話しをするのだと。それもしていないと言うのに、もしあの子が帰って来たときに君がいなかったら、あの子は誰に抱きしめてもらえば良い?」
「周瑜様…」
「ついで‥と、言っては怒られるかもしれないがこの機会に魏に間者を放っておいた。きっと良い答えを持って帰って来てくれる。」
『父上』
あの子の笑顔を見られるならば。
「周瑜様…」
0だと思っていた可能性が、たとえほんの僅かでもあると言うのなら
「ありがとうございます」
そのためにもう一度だけ‥
どうか散る前にその一片さえも
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