誰の代わりもいないんだよ
*ξ見えない糸ξ*
「くそッ」
駆け付けた時には遅く、人々の活気に溢れていた村は硝煙と残った者達の悲痛な叫びが包んでいる。
「何故だッ!」
例え時が乱世だとしても許されるものではない。
その日曹操は数名の臣を連れて狩りに来ていた。仕事がどうだとか煩い小言を漏らす者もいるが、たまには気分転換も必要だ。
共にいるのは一番気心が知れている郭嘉と、護衛変わりに楽進。それにお目付け役代わりに劉曄の三人と、それに数名の兵のみ。数日をかけて国境付近にまで足をのばしたかいもあり、今回の狩りは大成功だった。
帰り際、宿をとっていた町から数里離れた場所でふと楽進が気付いた。
「殿、黒煙が上がっています!」
「なに?!」
最近国境付近には山賊が出没するとは聞いていたが…
直ぐ様踵を返し一行は村へと戻った。
僅か一日の間に平和だった村は地獄と化していた。女子供は連れ去られ、生き残った者は僅かのみ。
曹操は直ぐ様国境付近に駐屯している兵を呼び寄せ山賊狩りに出た。
カク嘉が策を練り、楽進と劉曄。それに国境を守備していた曹仁を加えて山賊を追う。
途中幾つかの村を通ったがどの村も酷い状況だった。
山賊達は地理を生かしてまるで風の様に曹操軍の手をすり抜ける。それもカク嘉の策でようやく距離が近付き、後僅かで捉えることが出来ると思った日のこと。
「…コレは‥」
木々が生い茂る深い森の中。横たわる無数の無惨な遺体。
「奴等足を早める為に…ッ!!」
「酷いな」
曹操はギリッと奥歯を噛み締めると埋葬の為に兵を裂き、再び山賊を追った。
―‥何もできないのか?
曹操の内には激しい怒りと焦燥感が渦巻いていた。自分の目と鼻の先で罪の無い民が殺されていく。
「劉備なら何と言うだろうな」
皮肉めいた言葉を口にしながらも馬を走らせる。
ソレはあった。
「これは…」
今までとは違う光景。そこには争った跡があった。剣を握り絶命した兵と山賊。空っぽになった一台の馬車。時間はそれほど経っていないらしい。
曹操は兵を二手に分けると、郭嘉共に伏兵として僅かな手勢を連れ道から外れ森の中を進んだ。
これが運命の別れ道だったのかも知れない
本当に偶然。僅かに血の匂いがした。気になり茂みを進むと、一人の男が倒れていた。
「しっかりしろ!」
一人兵が助け起こすと男はゆっくりと瞳を開け、空虚な視線を曹操に向けた。見えていなかったのかも知れない。それでも血に濡れた手を必死に伸ばす。
「何か言いたいのか?」
兵が止めるのも聞かず曹操は男の手をとる。途端に男は微笑み、言った。
「ど‥うか、あの方を…」
唇からは鮮血が零れ、瞳からは涙が流れる。男自身も最後を悟ったのだろう。
「どうして人質‥な、どに…」
消えてしまいそうな声に曹操は耳を傾ける。
「たッ…すけ…て‥」
体が震え、瞳が一層大きく開いた後男は息をひきとった。
「いくぞ」
男をその場に横たえ再び先を急いだ。前方の方角で剣戟の音が聞こえた。恐らく楽進と曹仁が山賊と交戦しているのだろう。
郭嘉の部隊を山賊の右側面へと回りこませ、自らも前へと進む。
と。
――‥ちちうえ…
小さな声が聞こえた
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