――‥戦に出るとあの人が言うたびに、ついていけない自分が嫌で仕方なった…
『鎖』
外から兵の話し声が聞こえた。いつもなら特に気にしないのだが、偶然耳に入った単語が頭の中で形になって自然と耳を傾ける。
「呉と蜀が連合して‥」
「戦になるそうだ」
「殿自ら出陣を」
「羊叔子が帰って来るそうだ」
陸抗は寝そべっていた身体を僅かに起こし頬を緩ませる。
「羊コ殿が‥」
羊コは陸抗が幼い頃にできたただ一人の友達だった。誰にも言葉を伝えられずにいた陸抗が、唯一言葉を出せた相手。
『一緒に話しましょう?』
同じ目線で話してくれて、一緒に遊んでくれた。寂しいと呟いたら一緒に寝てくれた。
曹操の命で蜀との国境へ向かわせられたと聞いていたが‥
「会いたいな」
勇気を出して一人で自室から出る。もちろん人通りはあまり無いが、それでも怖い。
一度目をギュッと瞑ってから辺りを覗いつつ一歩一歩曹操の部屋へと向かう。
「曹操様‥」
「おお、どうした?」
陸抗の登場に曹操は最初驚き次いで満面の笑みを浮かべる。それは同じ部屋にいた郭嘉や劉曄も同じだったようで「頑張ったな」と、優しく声をかけてくれた。
「あの、羊コ殿が帰って来ていると聞いて‥」
「ああ…」
陸抗の言葉に曹操は途端に不機嫌そうな声を出す。しかしそれには構わず郭嘉が頷き、陸抗の手を引く。
「今度の戦で城の兵が少なくなるから、彼にも守備に入ってもらうんだ。一緒に留守番を頼めるか?」
郭嘉の言葉に途端に陸抗は泣きそうな顔になる。
「私は…連れて行っていただけないのですか?」
声が震え胸がドクドクと音を立てていた。
曹操の顔を見るが首を横に振られ、ソレは陸抗がついていけないことを示している。
「だから、彼を呼んだんだ。少しは寂しくないだろう?」
「俺は反対だがな」
「大丈夫だから。さあ、もう部屋に帰りなさい。」
郭嘉は頷き、劉曄は仕方がないと呆然とする陸抗の肩を抱いて部屋を出た。
パタンっと扉が閉まり、部屋には曹操と郭嘉のみになる。
「孫呉めよっぽどアレがほしいと見える。未だに情報を集めているようだ。」
「返す気はないのでしょう?」
「無論だ」
だから連れて行けない
言えるはずもなく、君を悲しませた
だけど…
あの時の決断を私は間違っていなかったと今でも思う
まさかあんなことになるなど、誰も思っていなかった…
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