078 シャングリラ後日談

□焼け野原に一輪
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そうしてお店に戻ると、ちょうど船山さんと村木さんが扉を開けて出て来るところに鉢合わせた。お疲れ様ですと挨拶すると、二人も驚いたような声を上げ、そして同時に翔くんを見た。

「お疲れ! 君はえーと、新卒の……」

「井関でしょ。井関くん」

「はい、井関です。お疲れ様です」

翔くんがぺこりと頭を下げた。

「そうだそうだ、井関くんだ」

「なになに? 君ら、仲いいの?」

「はい。最近仲良くなりました」

笑い掛けて見せると、二人もニヤニヤと目を見合わせた。

「へえ〜、いいねぇ、若いって!」

「うらやましいよ! しかしウチは社内恋愛が多いなぁ」

「そうなんですか? あ、船山さんもそうですね!」

「そうそう。うちの中山も野村もそうだし、人事の小泉さんもだよなぁ?」

「まず次長と部長がそうだしなぁ。あの2人は結婚のタイミングまで同じでビックリしたよ!」

ええー、意外! 全然知らなかった。

翔くんもびっくりしながらもほっとしたような顔をしていた。二人が好意的で安心したのだろう。

「じゃあ、おじさんたちは退散するかなぁ」

「そうだなぁ、女房が待ってるから早めに帰るかぁ。片桐さん、井関くん、お疲れ〜。仲良くなー!」

「はーい、お疲れ様です!」

「お疲れ様です。ありがとうございます!」

お店に入り、カウンター席に着いて二人して息をつく。

「はー、ドキドキしました!」

「してたねぇ。でも、イヤな反応じゃなくてよかったね!」

「まあ、たまたまあのお二人がそうだっただけで、好ましく思わない人も出てくるでしょうけど……」

そこで翔くんがちらりと私を見た。

「……嬉しかったです。さっきの、『最近仲良くなりました』って」

「そう?」

「それに堂々としててカッコよかったです」

「……そーかな? ありがと」

照れ隠しにメニューを開く。

「まあ、食べようよ! どれがおすすめ?」

「どれもおいしいですけど、俺は醤油豚骨が好きですね。チャーハンと餃子も付けよっかなぁ。あ、いや、今日は仁美さんがいるから、餃子はやめとくか……唐揚げにすっかな」

ブツブツ言う翔くんに笑ってしまう。

「あはは。気にしなくていいよ!」

「え!? マジですか!? ニンニク臭くてもいいんですか!?」

「いーよ、別に。他人の臭いならイヤだけど」

「あとでちゃんとキスしてくれます……?」

「アホか!! もう頼むよ、すいませーん!」

本当にチャーハンと餃子を頼み、翔くんはあっという間に食べ進めて行った。仁美さんも一緒に臭くなりましょうとシェアを勧められたがさすがに躊躇われ、でも食べないのも申し訳なく、一つだけ頂いた。もう話したいことは話したのでカフェは別に寄らなくていいかと思ったが、翔くんは楽しみにしていたらしいので近くのタリーズに入った。アイスコーヒーが二つ乗ったトレイを席に運びソファに座ると、翔くんが私の顔をじっと見た。

「なに? まじまじ見て」

「あ、いえ、あの……。仁美さん、髪切るんですか?」

「え?」

「美容院行くって言ってたじゃないですか」

ああ……。

自分の毛先を摘まんで見てみた。長さで言えばミディアムショート、あるいはショートボブくらいだろうか。いつもは大体二〜三ヶ月に一回くらいの頻度で美容院に行くが、前回行ったのは一月前だ。いつもならもう少し間を空けるが、そうしない原因はもちろん目の前のこの子にある。

「そんなに切らないよ。ロングヘアが好き?」

「いえっ。切るとしたらどれくらい切るんだろうって気になって。仁美さんの髪好きだから……」

思わずコーヒーを吹き出しそうになる。

「ゲホッ! バカなの!?」

「何でですか! ふわふわでさらさらでいつもいい匂いで、ずっと触ってたいくらい気持ちい……」

「もーーいーー、黙れ! 飲め!!」

視界に入る髪をまた見た。昔からこの癖毛が好きじゃなかった。中学時代はよく風紀の先生に注意されたのもあり、ストレートのロングヘアに強い憧れがあった。でもストレートパーマや縮毛矯正は高いし、余程自分の髪の癖が強いのか長持ちしないし、長い髪は洗うのも乾かすのも大変だ。それなら逆に短くしてパーマを当ててやれ、とやってみると元々の癖も手伝ってか長持ちし、朝軽く髪を濡らして適当にオイルやらムースを付けるだけでちゃんとセットしたかのようなスタイルになってくれるのがとても楽だった。髪が肩に掛かるくらいに伸びるともう面倒になってしまい、でもマメに美容院に通うのも面倒だしお金もないという、めんどくさがりの極みのような髪型がこれなので、もう恥ずかし過ぎていたたまれない。だからせめて、ちゃんとカラーし直してトリートメントしてもらおうと思ってたのに……。

「……たぶんそんな変わんないよ。短くしすぎると人から『失恋した?』とか言われるし」

「そうなんですか? でも……仁美さんのしたい髪型で大丈夫です。余計なこと言ってすみません」

「なんで謝るの。別にイヤなことは言われてないよ!」

「さっきはああ言いましたけど、仁美さんのいろんな髪型も見たいんで」

翔くんはへらりと笑った。

ほんとに……なんていうか、恥ずかしくてもカッとなっても、この笑顔見てるとどうでもよくなっちゃうな……。

「あの。美容院に迎えに行ってもいいですか?」

「え!? 何でよ!」

「新しい髪型、すぐ見たいんで!」

「やっ……恥ずかしいよ!」

「いいじゃないですか! どうせすぐ見るんですから!」

「も〜〜!!」
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