078 シャングリラ後日談
□焼け野原に一輪
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力強い筆文字の看板が印象的なお店の前に着くと、挙動不審な翔くんが店の中を覗いているのが見えた。思わず私の方まで挙動不審になりそうになる。終業後、翔くんから『今日はラーメン食べましょう!その後カフェとかで朝の話の続き聞かせて下さい!』とラインが来たので、『いいよ。一応現地集合にしよ』と返信すると、『えーーー』という返事の後にお店の情報が追加で送られて来たのだった。それで別々にお店に向かうことにしたのだが、怪しげな翔くんを訝しんでいると、向こうも私に気付いたようだった。
「仁美さん! お疲れ様です、こっち隠れて下さい」
「なになに、何事?」
「ほら、あの2人、会社の人じゃないですか?」
翔くんの指さした方を覗くと、中年の男性が二人、おいしそうにラーメンを啜っているのが見えた。
「経理の船山さんと村木さんだね。よく気付いたね」
「経理かぁ……あんまり接点ないから、自信なかったんですけど」
「もうすぐ食べ終わりそうだし、ちょっとその辺ブラつく?」
「はい」
歩きながら、翔くんは待ってましたと言わんばかりに話を振って来た。
「それで、話って何ですか?」
「も〜、せっかちだなあ」
「だって、なんとなくいい予感しないんです」
また、子犬のような目を向けられた。
「……えーと。週末、デートしたいって言ってたじゃん?」
「ダメになったんですか!?」
「いや、あの、えっと……金曜日……の夜は、友達と約束してて。で、土曜日の朝は、美容院の予約しちゃったんだけど、いい?」
恐る恐る尋ねると、翔くんはぱちぱちと目を瞬いた。
「土曜日の美容院の後と日曜日は空いてるんですか?」
「うん」
「じゃあいいです! 何事かと思いました!」
文字通り胸を撫で下ろす翔くんを見て、私も安心した。
「ごめんね。急で」
「いえ、大丈夫です。仁美さん、何かしたいこととか、出かけたいとことかありますか?」
「私、インドア派だからなぁ」
「そうなんですか? 海とか山とか、遊園地とかバーベキューとかキライですか?」
「キライじゃないけど……行くなら、連休のどっちかがいいかな。片方で休みたい」
そう言いながらも、翔くんが「行きましょう!」って誘ってくれたら、行ってみたい気もする。デートスポットの知識とか全然ないけど……。
「わかります。土曜が出勤日だと日曜はゆっくりしたいですよね」
「翔くんはアウトドア派なの?」
「うーん、俺は両方っていうか……外で遊ぶのも好きですし、雨の日とかは家で映画とかドラマ観たりします。ひたすら寝て過ごすってのはあんまりないですね、常に何かしていたいです」
へえ……こりゃ付き合って行くの大変かも。
「あんた明るいし、友達も多そうだよね」
「まあ……少なくはないかもしれませんけど、濃い付き合いの友達は多くないですよ!」
「女友達も多いんじゃないの?」
「いえっ、あの……えーと、でも、女の子とだけ遊ぶってことはないですから……!」
なに慌ててんの。余計怪しいわ!
「じゃ、男女交えてだったらよく遊ぶのね。旅行行ったりもすんの?」
「しっ、しません! これからは!」
「行ってんじゃん。言っとくけど、私を連れてきゃいいなんて思わないでよね。よく知らないあんたの友達の中に放り込まれるなんて考えただけで寒気するわ」
「仁美さん……! 怒らないで!」
肩をがっしりと掴まれた。その泣きそうな目に、こっちは笑ってしまう。
「もう! なんて顔してんの!」
「だって……。仁美さんは、男友達、いないんですか?」
「え?」
「合コンとかいっぱいしてたって言ってたじゃないですか。恋に発展しなくても、友達になって2人きりで飲みに行ったりとか……」
「ああ……男友達はいないなぁ。その時きりの人がほとんどだったし、何回かデートしても疎遠になったし……学生の頃はバイト仲間みんなで、男の子も一緒に飲みに行くとかはあったけど、卒業したらそれもなくなったし……」
「へえ……?」
翔くんが意味深な間を空けた。
「金曜日の夜に約束してるお友達って、もしかして昨日話してた人ですか? 彼氏さんが仁美さんにラインくれてた」
「ああ、そうだけど」
「仲いいんですねえ」
「そうだね。気遣わないで一緒にいられるのはその子だけかな」
菜々のことを思い出すと同時に、彼女が数年続けている幸せながらも窮屈な恋愛にも思いを馳せた。菜々は堂々と外でデートなんてできないし、私と翔くんとは比べものにならないほどの「隠し通さないといけない危機感」を持って達樹くんと付き合っている。
「……お店戻ろうか」
「えっ、大丈夫ですかね?」
「もしまだお店にいても、もういいよ。翔くんはイヤ?」
顔を見上げると、戸惑ったような表情が不意に引き締まった。
「嫌じゃないです。戻りましょう」