078 シャングリラ後日談

□不撓不屈
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食べた量は明らかに私の方が少ないのに、食べ終わる時間は二人同時だった。本当にアイスを買おうかどうか悩んでいると、後ろから声を掛けられた。

「あれえ? 仁美!」

璃子だった。璃子は目を丸くして私の隣の席に着いた。

「なになに? いつの間に井関くんと仲直りしたの?」

「ケンカしてたわけじゃないんだけど……」

「西畑さん、昨日です昨日」

「へえ〜! 全然わかんなかった。よかったね、井関くん!」

「はいっ! ありがとうございます!」

「だからケンカしてたんじゃないってば……」

はあ、と頬杖をつくと、璃子も頬杖をついて興味深そうに私と翔くんを交互に見た。

「それにしても、ずいぶん楽しそうに話してたねえ。ちょっと前までだったら仁美にギャンギャン言われてたのに。まさかほんとに付き合いだしたの?」

自分から「隠すのは無理だから別に内緒にはしないでおこう」と言ったくせに、ぎくっとしてしまう。どうしよう、と翔くんをちらっと見ると、彼も口を噤んで俯いてしまっている。

「……え? マジで? そーなの?」

まずいことを訊いてしまったとでも思ったのか、璃子はあからさまに声のトーンを落とした。まだ何も言い返せずにいると、璃子は小さく指先だけで拍手した。

「おめでと……! ちょっと信じられないけど!」

「……西畑さん、あんまり言いふらさないでいただけると……」

「大丈夫、黙っとく! えー、ほんと信じらんない! 仁美、全く相手にしてなそうだったのに!」

「もういーよ……早くご飯取ってきなよ」

げんなりしながら手を振ったが、璃子は声を弾ませながら椅子に深く座り直した。

「いやいや、聞かせてよ! てゆーか、井関くんも井関くんだよ。仁美のことからかってるだけだと思ってた!」

「なっ……俺そんな悪い男に見えてたんですか!?」

「だってストレートに気持ち出しすぎてるというか、本気だとしたら職場でよくやるなぁって思って! 全然しゃべってなかった時あったじゃん。あの時にはもう付き合ってたの?」

「いえ……嫌われてるんだと思って、勝手に俺が避けてたんです」

「もお! 井関くん、そんな話しないでよ!」

きっと翔くんを睨んだが、そんな私を璃子が睨み付けて来た。

「えー!? 仁美、もしかしてそれで『井関くんに絡まれないの寂しい! やっぱり好き!』ってなっちゃったの!?」

……ええ?

それだけではないが、それは関係ないとも言いづらく、黙り込んでいると璃子が大声を上げた。

「あんたチョロすぎ! そんな単純な駆け引きで落ちちゃったの!?」

「やっ、璃子、声でかいっ!」

思わず璃子の肩に掴み掛かっていると、正面の翔くんが低い声を上げた。

「西畑さん、駆け引きなんて言わないでください。俺そんな器用な人間じゃないです」

翔くん……。

その真剣な表情につい心を動かされそうになっていると、璃子がにんまりと笑った。

「井関くん、言うねぇ〜!」

「あ、すみません……生意気言って」

「全然いーよ! 実はちょっと心配してたから! 仁美ってば元カレのこと引きずって全然切り替えられないって言ってたからさぁ、これでもし井関くんに弄ばれてたらもう立ち直れないんじゃないかって!」

「璃子ぉ!! あんたはよけーなことばっかり〜〜!!」

むにっと璃子の頬を抓ったが、彼女はただ楽しそうだ。

「いたた……。はぁ、安心した! じゃ、お邪魔虫は消えよっかな。ごゆっくりー!」

言うだけ言って、璃子はさっさと券売機の方へ去って行った。せっかくの休憩なのに、仕事よりも疲れてしまった。

「あー、もう……! なんなの、あいつ!」

「片桐さん……今の西畑さんの話、聞かせてほしいです」

「えー?」

「前の彼氏がどうのって」

呻くように呟いた翔くんの声色は、私にまでその感情を伝えて来る。慌てて手を振った。

「そんな、引きずってたなんて大層なもんじゃないよ!」

「忘れられなかったんですか?」

「……そんな話聞きたいの?」

「……聞きたくないけど、聞いときたいというか……」

「何それ!」

トレイにおしぼりや紙コップをまとめた。

「今日、定時で上がれそう?」

「はい」

「じゃあ、また後でね」

立ち上がると、翔くんはどこか泣きそうな目で私を見上げた。

「……片桐さんの『後でね』に俺弱いんですよ……」

「何それ!」

また、「何それ!」と返してしまった。心なしか小さくなったように見える翔くんの背中を見ながら、今日は意地でも定時で上がろうと早めに仕事に戻った。
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