078 シャングリラ後日談

□バリスタ
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それから、どういうわけだか井関くんは私に懐くようになった。わからないことがあると日下さんより先に私に尋ねに来るし、同期や先輩と休憩していると強引に隣の席に割り込んで来るし、帰りが一緒の時間になるといつも追い掛けて来る。私が誰と一緒にいようと全くお構いなしなのが少し煩わしくなって来た頃、周りにもからかわれ始めた。そしてとうとう、昼休みの食堂で同期に「私席外すね。ごゆっくり」と立ち去られ、二人きりにされてしまった。そろそろ一言言ってやらないと、と井関くんを睨み付けた。

「あのさあ、井関くん……」

「はい! いやー、西畑さん、気を利かせてくれたんですかね? 優しいなあ」

「いやいや……なんなの? 毎日毎日……」

「邪魔ですか?」

「邪魔ではないけど……」

「じゃあいいですよね! おっ、今日はオムライスですか! 俺もそれにしよっかなあ」

「もお〜〜!! だから、何なの!?」

つい大声を上げてしまい、周りの視線を集めてしまった。慌てて小さくなる。

「……もう! 何なの、あんた! 私のこと好きなの?」

こう言えば怯むだろうと訊いてみたが、井関くんには全くそんな様子はない。

「好きか嫌いかで言えば好きですよ」

「……はあ!? なにそれ……ラブなの?」

「ラブかライクかで言えば今はまだライクですけど。でも、片桐さんのこと好きなんで、一緒にいたいし、片桐さんのこと知りたいって思ってます」

……ほお〜〜。

「色気も男っ気もない年上の女、からかって楽しいの?」

「違います! 正直に言っただけです」

「あんた、まあまあシュッとした顔なんだから、私なんかほっといて同期の可愛い子んとこ行きなさいよ!」

「うわ! 褒めてもらえた! ありがとうございます!」

マジでなんなの……疲れる……。

「……私のことが知りたいって?」

「そうです。そしたらもっと好きになるかもしれないし」

なるほど。好きになるかもしれないし、嫌いになるかもしれないな。

「何が知りたいの」

「今、彼氏いますか?」

「いない。絶賛募集中」

「マジですか!?」

「でも年下には興味ない」

「え〜〜〜!?」

「うるさい! 声でかい!」

「……どれくらいいないんですか?」

「結構長い。4年……5年?」

「ええっ! 意外です。理想が高いんですか?」

理想が高い……そうなのかな。

高校生の時に付き合っていたが、大学に入学してしばらくしてから自然消滅した元彼のことを思い出した。そんなにいい男だったとは思わないが、私にとっては初めての彼氏で、今のところちゃんとお付き合いをしたのはその人だけだ。時間が経つにつれ、思い出が美化されているような気もする。そしてやっぱり、一番の友達のハイスペック彼氏のことも同時に思い出してしまう。

「そうかも……」

「うーん……そっかあ……。好きなタイプとかってあるんですか?」

「……どうだろ。好きになった人がタイプかな」

「おおっ! いいですね!」

やっぱりからかってるじゃん……。

元彼のことを思い出し、少し元気がなくなった自分に気付き、そんな自分にうんざりする。

もう5年経とうってゆーのに、いつまで引きずってんだ、私……。

黙ってオムライスを口に運んでいると、井関くんが話題を変えるように声を上げた。

「片桐さん、趣味とかありますか?」

「趣味? んー……映画観たり、ドラマ観たりかな」

「へえ! 俺も観ますよ! どんなのが好きですか?」

「なんでも観るよ。アクションでも恋愛でもホラーでも」

「めっちゃいいですね。好きな俳優とかいるんですか?」

好きな俳優……。

「坂井達樹が好き」

試すように言ってみたが、井関くんは予想外の反応を見せた。

「おお! 俺も好きですよ。イケメンだし、演技うまいですよね」

「え? そうなの?」

「そうなのって……片桐さんが言ったんじゃないですか」

「いや、坂井達樹ってやっぱり女性人気の方がある気がするし」

それに、坂井達樹が好きだって言ったら、達樹くんには悪いけど、ミーハーに思われそうな気もしたんだけど。

「坂井達樹の作品、けっこう観てますよ! 俺あれが好きです、『月下の錯綜』」

「あ〜! いいよね。主演じゃないけどね」

「あれ観て、坂井達樹の見方が変わったんですよ! こんな役もできんのかーって! 渋かったです!」

「そうだね、無精ヒゲとくわえタバコが良かったんだよね〜〜」

って! なに楽しく会話してんの私!

最初は私に話を合わせているのかと思ったが、どうもそうでもなさそうだと気付くと、自分の中の固定概念が少しだけほぐれていくのにも気付かされてしまった。達樹くんの話をしていると昼休みはあっという間に過ぎて行き、年下の男の子と二人きりでもこんな風に楽しく会話ができるんだなあ、と考えてしまう自分にも戸惑いを覚えた。
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