078 シャングリラ後日談

□天秤にかける
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そして、週末。二十時、私はタクシーで六本木にやって来た。煌びやかな街並みに、脚が竦みそうになる。

こわ……こんなとこ、来ることないからめっちゃ怖い……。達樹くんに偶然会ったりしたらどうしよう。

そう思いながらも達樹くんに会うことはなく、大北さんに指定されたお店に入ると、懐かしい声が飛んで来た。

「菜々ちゃん! 久しぶり!」

「あっ! 清水さん! ご無沙汰してます!」

「あの時以来だね。元気そうでよかった!」

「菜々ちゃん、遠いとこごめんね。個室だから安心してね」

「いえ。大北さん、わざわざすみません」

大北さんと清水さんの顔を見ると、以前の栗原結愛の騒動のことを思い出す。達樹くんが栗原結愛に脅されて、私と別れて自分と付き合うように迫られた時に、助けてくれたのが大北さんと清水さんだった。その少し後に、達樹くんが二人にお礼をしようと声を掛けてくれて、達樹くん、大北さん、清水さんと四人で食事する機会があった。大北さんと清水さんに会うのはそれ以来だ。オレンジ色の灯りが暖かなお座敷にびくびくしながらも、二人の向かいにそっと腰掛けた。

「もう少ししたら、高崎さんも顔出してくれるって。佐々木さんは今日は来れないって。来たがってたけどな……ごめんね」

「いえっ。大丈夫です」

「でも、高崎さんも佐々木さんも、俺ら菜々ちゃんからそんな連絡もらってない! つってたよ。どうして俺だったの?」

「あの……できれば、達樹くんと年の近い男の人のお話が聞きたかったんです」

そう言うと、大北さんは手を口元に当ててふふっと笑った。清水さんは興味深そうに身を乗り出した。

「大北さんより、俺の方が坂井さんに年が近いですね。でも、俺もあんまり菜々ちゃんの役に立てないかもなあ」

清水さんは、確か達樹くんより二つ年上だ。清水さんは達樹くんより後にこの業界に入ったから、達樹くんに敬語を使っていると誰かから聞いたことがある。

「そうなの? 清水くんは、誕生日彼女に何もらったら嬉しいの?」

「俺はまあ、2人でどっか出掛けるとかですかね。ちょっといいとこに飯食いに行くとか、夜景がきれいなとこにドライブに行くとか」

「そうだよなあ……最初は、物をもらうのも嬉しいんだけど、それって年々苦しくなって来るんだよな。特にサプライズだと、好みもあるしなあ」

なるほど……確かに。

今まで物をあげたことはなかったが、もう社会人になったし、達樹くんが欲しいと思う物なら買いたいと思っていたのに、こう言われると尚悩んでしまう。

つい顔を伏せてしまっていたようで、大北さんが慌てたように私にメニューを渡してくれた。

「菜々ちゃん、とりあえず飲もうよ。何にする?」

「あ……私はソフトドリンクでいいです」

「遠慮しなくていいよ。せっかくなんだから」

「いえ……今日のこと、達樹くんに内緒にしてるので。不意に電話でもかかってきて、酔ってるのがバレたら、うまくごまかす自信がないから……」

そう言うと、清水さんが大笑いした。

「あははっ! 酔ってなくても、今電話来たらごまかせる?」

「う……ごまかせないですけど……まだ、シラフの方がマシかと……」

「生真面目だなあ。そこまで言うなら烏龍茶か何かにしとくか。ほんとに……菜々ちゃんはいつでも坂井のことばっかりだな。まあ、坂井も菜々ちゃんのことばっかりだけど」

大北さんの呆れたような言葉に何も言い返せずにいると、清水さんがニヤニヤした。

「俺らピエロみたいですね。もう、ここに坂井さん呼び出して事の顛末伝えたら解決じゃないですか!」

「清水さんっ!! 勘弁してください〜!!」

その時、大きな足音が聞こえた。振り向くと、高崎さんの満面の笑顔があった。
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